act.41「存在しない記憶」

 ――約束の週末、俺の部屋を訪ねてきたのは、電話の少女ではなく――まったく別の人物だった。


『やぁ、青年。酷い顔をしてるわね』


 そう俺に言ったのは、見たことのない女だった。

 それも、相当な美人だ。

 あまりにもズケズケと部屋の中に入ってくるもんだから、一瞬俺が忘れているだけで面識があるのかもと思ったが……スーツを身に纏って、いかにも自分は出来る女です、的な強烈なオーラを放っているこの女を、一度見たら忘れるはずがなかった。


『おい、あんた……勝手に入ってきやがって、一体誰なんだよ……!?』


 例のごとく、俺が自らの意思に反してそう口走ると、女はこう答えた。


『そうね……いつもだったら教えてあげたいところだけど……残念ながら今日それを伝えても、無駄でしかない。私ね、無駄だと分かっていることにリソースは割かない主義なのよ』

 

『無駄……? どういうことだよ?』


 俺の問いには一切答えず、女は言った。


『……今日は、貴方に残念なお知らせを持ってきたの』


『残念な……お知らせ……?』


 そのフレーズを聞いた瞬間……全身の毛がすべて逆立つような、そんな恐怖を覚えた。

 止めろ。

 その先を……言うな――。


『芹澤悠太郎。貴方の――は、――。それも、つい昨日ね』


 その言葉は、俺が聞くのを拒否したせいかは分からないが、ノイズが掛かっていて不鮮明だった。

 しかし俺の身体はたじろぎ、震えた声で女に言った。


『は……? 何言って……嘘つくなよ……』


『残念だけど、嘘じゃない』


『そんな訳ねぇだろ……!? だってこの前、電話で話したばっかりで……』


 すると女は、自分の懐から、ペンライトの形をした何かを取り出した。


『……なんだよ、それ?』


『……青年は、メン・イン・ブラックって映画見た事ある? 実は私、あの映画のファンなのよ』


『こんな時に何言って……』


『申し訳ないけど、規則でね。――した魔法少女の関係者には、すべて忘れて貰う決まりなの』


『え――?』


 ――そして次の瞬間。

 ペンライトは、眩い光を放っていた。

 俺という存在を、すべて覆い隠すように。


 光に包まれる直前、女の表情が見えた。

 その表情は、機械のように冷酷だった。


 今の俺なら……この女の正体が分かる。


 この女は、翠桜花女学院の学院長――藍染千景――。


◇◇◇


 ――――。


「ん……う……」


 いつの間にか俺は、どこかに横たわっていた。

 どうやらベッドの上のようだ。だが、あのボロアパートではないらしい。段違いにフカフカしている。


「ここは……」


「……起きましたか、悠里先輩」


 すぐそばで丸椅子に座っていた珠々奈が、俺のことを覗き込むように見下ろしていた。


「……どこ? ここ」

「保健室です」

「保健室……」


 確かに、ベッドの周りを囲むように配置されてるカーテンが、明らかに保健室のそれだ。


「どうして、こんなところに……」

「覚えてませんか? シスター契約をした芽衣と美衣の技をまともに喰らって、倒れたんです」

「あ……」


 そう言えばそうだった。

 俺はついさっきまであの双子と、来るべき能力評価試験とやらに向けて特訓をしていたのだ。

 その途中で、意識が途絶えて……。


 ……ということは、さっきまでのアレは、夢だったのか?

 だが、夢と言われても正直しっくりこない。

 細部までは思い出せないが、妙にリアルだったような……。


「……どうしました?」

「え?」


 珠々奈が再び覗き込んでくる。

 どうやら黙りこくる俺に、何か違和感を感じたらしい。


「まさか、あの時頭を打ったせいで……!?」

「いやいや! 違うから! ちょっと考え事してただけだから……!」

「そうですか、ならいいですけど」

「……ねぇ」

「なんですか?」

「そろそろ起き上がってもいいかな? このままだとおでこぶつけちゃいそうだけど」


 俺の言葉で自分の体勢に気付いたのだろう、珠々奈は慌てて頭を引っ込めた。そして気恥ずかしかったのか、そっぽを向く。


「せ、先輩があまりにもアホ面で寝てたから……!」


 アホ面か……。

 自分の寝相なんて気にしたことないから、寝てる時の顔がどんなかなんて知らないけど……。

 少なくとも……珠々奈のそれが、ただの照れ隠しだということは分かった。


 カーテンの隙間から差し込む光の色からして、日が暮れかけている。

 俺がどれだけ眠っていたのかは分からないが、きっと起きるまでずっとそばにいてくれたのだろう。


 俺は上体を起こして、珠々奈に言った。


「ありがとう」


「は? なに急に礼なんか言うんですか!? 意味分かんないんですけど……!?」


「別に、ちょっと言いたくなっただけだよ」


「なんでですか」


「だってさ……言いたいときに言っておかないと、いつ言えなくなるか分かんないじゃん」


「……」


 珠々奈はそれっきり黙りこくってしまう。

 俺は、そんな珠々奈の顔を見ながら、あることを思い出していた。


 俺の部屋にある、あの写真立て……。

 最近忙しかったから忘れていたけど……あそこに写っている少女のうちの1人が、本当に珠々奈で……今見た夢が、実は夢じゃないとしたら――。


 あの写真に写る、もう1人の少女は――。


「んっ〜……!」


 俺は眠っていたことで凝り固まった筋肉をほぐすため、大きく伸びをする。

 そして、珠々奈に尋ねた。


「……他のみんなは?」


「先に帰ってもらいました。先輩がいつ目を覚ますか分からなかったので」


「そっか……」


 そりゃそうだよな。

 その中で珠々奈が、俺が起きるまで待つのを買って 出てくれた訳か。

 ……あるいは、綾瀬会長に言われて渋々残っていた可能性もなくはないが……それを聞くのは、流石に野暮だろう。


「それじゃ……私たちも、帰ろっか」


「……そうですね」


 そして俺たちは、保健室を後にしたのだった。

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