act.42「契約の弱点」
保健室を出た俺たちは、教室で置きっぱなしになっていた荷物を回収し、自分たちの部屋へと戻るために寮を目指す。
……と言っても、寮は学院と隣接しているから、数分足らずで到着するような距離だった。
「……ところでさ」
その途中の校庭に出たところで、俺は珠々奈に話しかけていた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんですか?」
珠々奈は、歩くスピードを落とすことなく、視線だけをこちらに向ける。
俺は目覚めてから、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「私たちって、もしかしてだけどあの双子に負けたの?」
すると珠々奈は、信じられないとでも言いたげな顔で答えた。
「まさか先輩……勝ったとでも思ってたんですか?」
いやぁ、別に勝ったなんて思っちゃいないけど……あまりにも記憶が無さすぎて、逆にこれは無意識に能力が覚醒したパターンなのかなと、そこはかとなく思わなくもないというか……。
「安心してください。完全に先輩のKO負けですから」
……ですよねー。
「シスターの力が宿った技を真正面から喰らいに行くとか、バカとしか言いようがないですよ」
「バカとはなんだ! バカとは!」
「じゃあ、なんで避けなかったですか?」
「いや、避けるという考えに至らなくてさ」
「……アホですね」
弁解の余地もない。
「というか、シスター契約の力がすごいのは分かったけどさ……結局、弱点っていうのはなんなのさ」
そう。
元々は成田希沙羅との再戦に備えて、シスター契約の弱点を突けるようにしよう、みたいな話だったはずだ。
それなのに……蓋を開けてみれば、そのシスター契約の力に瞬殺されるという始末だ。
正直、弱点とかそれ以前の話だぞ。
すると俺の問いに、珠々奈はこう答えた。
「だからつまり……シスター契約の力とは、真正面から戦わないことですよ」
「は……?」
どういうこと?
「悠里先輩は、シスター契約を発動する条件がなんだか分かりますか?」
条件……?
さっきの戦いは、ぶっちゃけ何がなんだか分からなかったんだけど……。
「うーむ……?」
俺が眉を寄せながら唸っていると、珠々奈は深いため息をついてから、こう言った。
「……触れ合うことですよ」
「触れ合う……?」
「はい。先輩が技を喰らって倒れる直前に、あの2人がどんな動きをしていたかを思い出してください」
……動きか。
確かあの時の双子は、お互いの武器を重ね合わせて……そうした途端、2つの武器が1つの弓に変形して……。
って、あ……。
「まさか……武器を重ねたあの動き……?」
「そう。そのまさかです。つまり、シスター契約の力を発動させるためには、必ずステラギア同士を接触させないといけないんです。そして、それがシスター契約の最大の弱点です」
そうか。
2人のステラギアを接触させなければいい。それはつまり、言い換えるなら。
「2人を近付けさせなければ良いのか……!」
「はい。幸いこちらも2人ですから、分断して一対一に持ち込めさえすれば、勝機があります」
なるほど。
そうなれば……シスター契約があろうがなかろうが関係ない。あとはこっちが個の力で上回っていればいいのだから。
とはいえ、そうなると今度は個の力で上回っていないといけないという、新たな問題が浮上するが。
「ま、そこは……特訓で鍛えるしかないでしょうね」
そりゃそうか。
そうなると、珠々奈は戦闘経験も豊富だと思うから……主にスキルアップしないといけないのは、俺か。
ああ……
もう少しでコツを掴みそうな気もするんだけど……そのもう少しが果てしなく遠く感じてしまうのだ。
とりあえずは……攻撃形態抜きにして考えるしかないだろう。
そんな訳で……この日から、俺と珠々奈の特訓の日々が始まったのだった。
◇◇◇
こうして始まった特訓だったが、やはり一筋縄ではいかなかった。
シスター契約した魔法少女に勝つには、能力を発動する前に2人を分断すること――言葉で言うと簡単に聞こえるかもしれないが、もちろん相手のほうもこの弱点は熟知している訳で……そう簡単に一対一にさせてくれるほど甘くはなかったのだ。
あの双子も、予定の空いてる日は特訓に付き合ってくれたのだが……全力でいく、というあの言葉は嘘ではなく、結局シスター契約の力を発動されてしまって敗北、というのがいつものオチだった。
だけど一方で、俺と珠々奈の息も少しずつだが合ってきている……そんな実感もあった。
そして、そんなある日のことだった。
「こんにちはー……って、あれ ?」
俺がいつものように生徒会室を訪れると、珠々奈はまだそこにはいなかった。
おかしいな……だいたいいつも先に来て、俺を待ってるんだけど。
そして代わりに生徒会室にいたのは……双子の片割れ、妹さんのほうだった。
確か……美衣ちゃんって言ったっけ?
顔がおんなじだから、時々混乱するんだよな……。
美衣ちゃんは部屋の端っこのほうで、ひとり静かに本を読んでいた。
俺は、申し訳ないと思いつつも、美衣ちゃんに声を掛けた。
「……珠々奈はまだ来てないの?」
すると美衣ちゃんは無表情の顔を上げ、答える。
「……まだ来てない、誰も」
「ふーん、そっか……」
まぁでも、珠々奈が何も連絡を入れずにすっぽかすのも考え難いしな……ここで待ってるしかないか……。
俺はそのへんの椅子に適当に腰掛けて、珠々奈を待つことにした。
だが……すぐに沈黙に耐え難くなって、俺は再び美衣ちゃんに話しかける。
「今日はお姉ちゃんのほうは一緒じゃないんだ?」
というか、双子はだいたいいつも一緒にいるので、1人しか来ていないというのは結構珍しい。
すると美衣ちゃんは淡々とした口調で答えた。
「別に……四六時中一緒にいるわけじゃない」
まぁ……そりゃそうか。
「芽衣は友達とバスケするって言ってた。美衣は運動がそこまで得意じゃないから遠慮した」
バスケか……。
確かに、お姉ちゃんのほうはそういうの好きそうだ。
「だから、今日は特訓に付き合ってあげられない」
まぁ、仕方ないか。
そもそも双子は、わざわざ特訓に付き合ってくれているのだ。こちらから文句を言える立場ではない。
「分かった。いつも付き合わせちゃってゴメンね」
「別にいい。好きでやってるから」
「そっか」
そうなると、今日は珠々奈と2人で特訓か……。
出来ることは限られてくるけど、本番までの日数もそこまで多くはないし……気を抜いてられないな……。
そんな感じで今日の特訓メニューをどうしようか考えていると……不意に、美衣ちゃんのほうから俺に向かって話しかけてきた。
「……ねぇ、悠里先輩」
「ん?」
「ひとつ聞きたいことがあるんだけど……聞いてもいい?」
「うん、いいけど……なに?」
すると美衣ちゃんは、相変わらずの何を考えてるのかよく分からない表情で、俺にこう言った。
「悠里先輩は……どうして、魔法少女になったの――?」
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