act.33「調子乗ってんじゃねーぞ、テメェ」
「――……え? 今なんて?」
後日、珠々奈と共に再び学院長室へと呼び出された俺は、千景さんの口から放たれた言葉に、自分の耳を疑った。
俺の反応に、千景さんはすごく面倒そうな顔をしながら繰り返す。
「だーかーらー、便所掃除」
便所掃除?
「1週間」
1週間?
繋げると便所掃除1週間。
「……まじっすか?」
「何? 不満なの? だったら別に退学処分でも良いんだけど」
「いえいえ! 滅相もない! いやー、便所掃除かぁ……腕が鳴るなぁ……!」
「そう、それは良かった」
俺たちが規則違反を犯したペナルティ。
それがどうやら、便所掃除とのことだった。
いや、充分しんどいと言えばしんどいけど。
てっきり退学とか、停学とか……そのレベルの罰を喰らう覚悟をしていたので、拍子抜けというか何というか……。
「少しでも手を抜いたら……殺すわよ?」
いやぁ、久々に聞いたなぁ……その物騒な言葉。
久々すぎてもはや懐かしい。
どうやら今日から1週間、放課後に便所掃除をすることになったらしい。
それが罰だというのなら、俺は甘んじてそれを受け入れるつもりだ。
だが、見るからに納得いってなさそうなのが、隣で難しい顔をしている珠々奈だ。
「……何? 文句があるなら聞くけど?」
千景さんがそう言うと、珠々奈は唇を尖らせながら言った。
「あれだけの違反をしたのに……どうしてそんな罰なんですか……?」
千景さんはため息をつく。
「……これでもね、私は、貴女たちのこと買ってるのよ? これで終わらせてしまうのは勿体ない……そう思っただけ。でも……悪いけど、次は無いから」
「……」
珠々奈は、黙ったまま千景さんを睨み付けていた。
珠々奈の反応を見るに、停学にすらならなかったこの措置は、かなり異例なものなのだろう。だからこそ、この珠々奈の不信感に繋がっているのだろうが。
「だから、気に入らないなら退学にしても良いって――」
「――全然そんなことないっす!! むしろ便所掃除をさせて頂けるなんて嬉しいなぁ!! ね、珠々奈もそう思うでしょ?」
俺が同意を求めるも、珠々奈はぜんぜん頷こうとしない。
あーもー、仕方ないなぁ……。
「今日の話ってこれで終わりですか? だったらそろそろ教室に戻ってもいいですか? 授業中だったので」
「……そうね。もう戻ってもいいわよ」
「ありがとうございます。珠々奈、行こう?」
千景さんの許可を得たので、俺は珠々奈の背中を無理やり押して帰ろうとする。
「それじゃ、失礼しま――」
「――芹澤」
だが、部屋を出る直前で、俺は千景さんに呼び止められる。
「……まだ何か?」
振り向いて千景さんを見る。
千景さんは、不敵な笑みを浮かべていた。
「貴女のことは、利用価値がある限りは使ってあげる。だから……せいぜい頑張りなさい」
「……そりゃ、どうも」
俺は形だけの会釈をして、その場を後にした。
◇◇◇
「なんで罰が便所掃除1週間なんですか……」
学院長室を出るなり、珠々奈はブツブツと文句を言っていた。
「退学よりはマシでしょ?」
「そりゃそうですけど……」
むしろこのくらいで済ませてくれた千景さんに感謝すべきだ。
まぁ、学院長室を出る時に掛けられた言葉――あれを額面通り受け取るなら、俺は利用価値が無くなった時点で1発アウトなのかもしれないが。
「いいじゃん、便所掃除。自分たちで綺麗に出来たら、結構気持ちいいかもよ?」
俺がそう言うと、珠々奈はジト目で睨んでくる。
「……え? もしかして悠里先輩ってそういう趣味をお持ちの方ですか?」
ちげーよ。
てかなんだよ、そういう趣味って。
ちなみに……ここ数日のあいだで、珠々奈は俺のことを普通に『悠里先輩』と呼ぶようになっていた。
距離が縮まった感じがして非常に良いのだが……ちょっとだけくすぐったい。
まぁ、そんなことを当人に言おうものなら、すぐに先輩呼びをやめてしまいそうなので、ここは耐えるしかなかったが。
「……とにかく、諦めて受け入れよう? どうせ1週間だけなんだからさ」
「仕方ないですね……」
「よし。じゃあ早速今日からだから、放課後になったら私から呼びに行くよ。珠々奈は教室で待っててよ」
「……善処します」
いや善処とは。
まさかサボるつもりか?
そんなことしたら、今度は退学になったとしても文句は言えないから、さすがにそんなことはしないとは思うが……。
果てしなく先行き不安だった。
◇◇◇
そんでもって、早くも放課後。
俺は約束通り、珠々奈を迎えに行くために一年生の教室がある階に向かう。
えっと確か、珠々奈のクラスは1-Aだから……。
1-Aのプレートが下げられている教室は、割とすぐに見つかった。
だがここに来るまでに、俺はだいぶ目立ってしまっていた。
そりゃ、一年の教室がある廊下に上級生が居ること自体が珍しいのに、俺の場合はさらに稀少なSランクな訳だから、目立たない訳がなかった。
俺は周囲の視線に辟易しながら、1-Aの教室を覗き込んだ。
えっと、たぶん珠々奈はこの教室の中に――ってあれ?
「……いない?」
教室の中には、珠々奈らしき姿は見当たらない。
おっかしーな……。
「ねぇ、ちょっといい――?」
俺は今まさに教室を出ようとしていた女の子に、声を掛けて呼び止める。
「え……? えと……」
少女は立ち止まって、困惑した声を漏らしていた。
ふわふわのハーフアップが可愛らしい、大人しそうな印象の子だった。
そして、胸元には赤いリボン。
……この子も珠々奈と同じAランクか。
「あのさ、珠々奈――速水珠々奈って、どこにいるか知ってる?」
「え、えっと……あの――」
――そんな時だった。
トントン、と背後から肩を叩かれる。
誰だ……?
俺は振り向いて、背後にいるのが誰かを確認する。
……しかしそこにいたのは、意外すぎる人物だった。
「――アタシの『シスター』にちょっかいかけるとは……いい度胸じゃねーか、芹澤悠里。調子乗ってんじゃねーぞ、テメェ」
そのヤンキーみたいな風貌と、口調……。
「――成田さん!?」
そこにいたのは――同じクラスの成田希沙羅だった。
……いや、なんで成田さんがここに?
成田さんは俺を鋭く睨み付けながら、こう言った。
「そっちがその気なら、受けて立ってやる……! アタシは今から――お前に決闘を申し込む!!」
……って、え? 待って?
なんか今、決闘申し込まれたんですけど……!?
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