act.32「私は私だから」

「――珠々奈は、怪異との戦いで相方を亡くしてるのよ」


 あの日、生徒会室で綾瀬会長から告げられたのは、こんな言葉だった。


「相方を、亡くした……?」

「うん。その時の詳しい状況は、目の前で見ていた珠々奈にしか分からない。だけどたぶん、怪異に喰われたんだと思う。あの場には骨ひとつ残ってなかったから」

「そんな……」


 けど……何となく分かった気がする。珠々奈があそこまで、1人での戦いにこだわる理由が。

 珠々奈は、未だにその子とパートナーであることに拘っているのだ。だから、他の誰かと一緒に戦うことを拒絶している。


「……でも、それって私を嫌う理由にはなってないじゃないですか。どうして珠々奈は、私だけをあんなに嫌ってるんですか……?」


 珠々奈に初めて会った時のあの反応……。

 あれは、誰ともパートナーを組みたくなかったとか、そういう単純なものじゃない気がする。

 もっと、根本的な何かが……。


「それは――」


 会長は、躊躇いつつも俺に告げた。

 しかし会長のその一言は、俺の全く予想していないものだった。


「――悠里ちゃんは、似てるのよ。珠々奈の元相方の、『アイリ』っていう子にね」

「え……?」


 似てる……?

 俺が珠々奈のパートナーだった子に……?


「名前とか、雰囲気とか……まあ、色々と。私も初めて悠里ちゃんに会った時、ビックリしたもん」

「で、でも……そんなのただの偶然でしょ……?」

「うん、きっと偶然でしょうね。だけど、学院長が『アイリ』とよく似たキミを珠々奈の新しい相方に選んだのは……たぶん偶然じゃない」


 確かに……あの千景さんなら、やりかねない。

 だとしたら、俺なんかを魔法少女に選んだのは……それが理由だったって言うのか……?


「……相方が死んで悲しみにくれてたと思ったら、突然似たような子を連れてこられて、『今日からこの子が新しい相方です』なんて言われたら……まぁ、キレるのも当然よね」


 そうか……だから珠々奈は、あそこまで……。

 知らなかったとはいえ、俺は……。


「すみません、私……」

「いいのよ。悠里ちゃんは悪くないし」

「私……珠々奈と仲良くなりたいです」

「大丈夫」


 会長は、微笑みながら俺に言った。


「珠々奈が悠里ちゃんを心の底から嫌っていることは絶対にないから……だから悠里ちゃんも、根気よく珠々奈に接してあげて欲しい――」


◇◇◇


「――私は、似てるんだよね? 珠々奈の、元パートナーに」


 珠々奈は、驚きの表情をその顔に貼り付けたまま、俺に尋ねた。


「……誰から聞いたんですか?」

「それは……」

「会長、ですか?」

 

 流石に隠すのは無理か。

 俺は仕方なく頷いた。

 

「……会長は悪くないよ。私が、無理やり聞いただけだから」


 俺から答えを聞いた珠々奈は、もう一度うつむく。


「……確かに似ています。面影とか、ちょっとした仕草とか……ムカつくくらいに。でも……あなたは別にアイリじゃない」


「うん」


「……私は許せなかったんです。誰かがいなくなった途端、代わりを用意しましたとでも言いたげに新しい魔法少女を補充して……私にとっては、アイリはアイリしかいないのに」


 そして新たに現れた俺が、パートナーだった子に似ていたから……余計に苛立ちが爆発してしまったのだろう。

 珠々奈は、顔を上げ……射抜くように俺を見据えて言った。


「あなたは……何者ですか?」


「え……?」


「アイリがいなくなった途端にいきなり現れて、最初からアイリの代わりみたいにそこにいて……本当に何者なんですか?」


「それは……」


 元々俺は、何の夢も希望もなく、だだ日々を浪費していたフリーターで……。

 でも、そしたら今の俺は、一体なんなんだ?


「……分からない」 


 俺は、その問いに答えることが出来なかった。

 だけど……。


「分からないって――」


「――だけど、分からないことが……そんなにいけないことかな?」


「え……?」


 俺の言葉に、珠々奈は声を失っていた。

 しかし俺はそのまま続ける。

 

「私はこの学院に来たばかりで、まだ何も分からない。なんのためにこの学院に通うことになって、なんのために魔法少女になったのかも、全部。でも……そんなの後から見つければいいじゃない。だって……私は私だから」


 千景さんの思惑は、俺にも分からない。

 もしかしたら会長の言う通り、俺は『アイリ』という少女の代替品でしかないのかもしれない。

 だけど、それは千景さんの都合であって、俺には全く関係のない話だ。

 俺は、俺だ。

 そして、芹澤悠里は……芹澤悠里なんだ。

 だから――。


「珠々奈には、私を見て欲しい」

 

 他の誰でもなく……『私』を――。


 すると珠々奈は、


「私を見て欲しい、か……」


 ポツリとそう呟いていたかと思うと、


「…………ぷっ」


 いきなり吹き出していた。


「な、なんだよぅ……」


 せっかく、柄にもなくシリアスに語ったのに。

 珠々奈は可笑しそうに目尻に涙を溜めながらいった。


「……これから退学処分になるかもしれないのにですか?」


「そ、そんなのまだ分かんないじゃん! もしかしたら奇跡的に退学しなくて済むかもしれないし……」


「……確かに。そう言われたらそんな気もしてきました」


「で、でしょ!?」


 千景さんのことだから、もしかしたら情けをかけてくれるかもしれないし……。


 俺はおもむろに立ち上がった。そして、座っている珠々奈に向かって手を伸ばす。


「だから、こんなところでくよくよしてないでさ……行こうよ?」


 珠々奈は、俺の手を取って言った。


「……分かりました。ちゃんと見てますから……私が、悠里先輩のこと――」


 ……あ。


「……今、初めて名前で呼んでくれたよね!!」

「は……? 別に言ってないですけど?」


 いや、バッチリ言ったよね!?


「ちょっと、もう一回言ってみて?」

「え、嫌ですけど」

「そんなこと言わずにさー」

「嫌です」


 ……結局、この日はこれ以降一度も名前で呼んでくれることは無かった。


 正直言って、いまいち距離が縮まったのかよく分からないけど。

 少なくとも、一歩は前進したって考えてもいいんじゃなかろうか。


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