act.31「騒動の結末」

 ――今回の騒動の結末について。


 俺たちは無事に女の子を救出することに成功し、母親の元に届けることが出来た。

 その時に母親からメチャクチャ感謝されて……やっぱり助けに行ったことは間違いなんかじゃなかった、そう思った。

 

 ちなみに火災現場から脱出する時に、空を飛んでるところを野次馬にバッチリ見られてしまったが……珠々奈が迅速に学院へと報告したことで速やかに記憶消去と情報封鎖が行われ、大事には至らなかったようだ。

 あの母娘にも忘れられてしまうのは何となくもどかしかったけど……こんな怖い思いをしたことなんて忘れてしまった方が、当人にとっては幸せなのかもしれない。

 

 そんな訳で、めでたしめでたし……と言いたいところだが、実際はそうは問屋が卸さなかった。


「――よくもやってくれたわね、貴女たち」


 俺と珠々奈の2人は、学院に帰ってくるなりすぐに学院長――千景さんに呼び出されていた。

 学院長室の自らの椅子に腰掛け、千景さんは失望にも似た表情で俺たちを眺める。


「貴女たちは自分が一体どれだけの事をしたのか、理解してるのかしら?」


 ――任務外での魔法の使用は、重大な規則違反。それを破れば、魔法少女……そして怪異の存在が世間に知られかねない。

 現に今回も、大事には至らなかったとはいえ、多数の一般人に目撃されてしまっている。一歩間違えれば、魔法少女の情報が拡散されてしまっていただろう。

 それは分かっている。でも……。


「……私たちが助けていなければ、あの女の子は死んでいたかもしれないです」

「だから、規則を破っても構わないと?」

「そうは言ってない。けど……人は死んだら2度と生き返らない」


 俺がそう言うと、千景さんは眉一つ動かすことなく言葉を返した。


「そうね……じゃあ、情報を漏らしたことが原因で死者が1000人規模で増えたら、貴女はどう責任を取るつもりなの? それでも貴女は、その女の子の命をとるの?」

「そ、それは……」

「私が今してるのは、そのレベルの話なのよ。それが分からないのなら、この学院には必要ない」


 でも、だからって……目の前の命を見捨てるなんて……。


「……速水はどう思う? 今回の件について、何か申し開きはあるかしら?」


 千景さんは、視線を珠々奈のほうに移す。珠々奈はずっと、俯いたままだった。


「……いえ、何もありません。軽率な行動だったと思います。申し訳ありません」


 珠々奈……。


「……そう。じゃあ、処罰は追って伝えるから、今日はもう帰っていいわよ」

「失礼します……」


 千景さんの言葉に、珠々奈は逃げるように部屋を出ていく。


「ちょっ……珠々奈……!」


 俺の声も間に合わなかったのか、そのまま扉がパタンと閉まる音がする。

 俺は少しのあいだだけ、その場で立ち尽くしていた。


「どうしたの? 追わないの?」


 千景さんが俺に問う。

 それは、いつもの薄ら笑いを浮かべた顔ではなく、ひどく冷たいものだった。


「どうして……」

「……」

「……どうしてあんたは、あんな言い方が出来るんだ? あんたは……誰かの死が、珠々奈にとってどんな意味があるのかを知っているくせに……!」


 俺の言葉に、千景さんは面倒そうに視線を逸らす。


「……ああ、綾瀬から聞いたのね? あの子も余計な事をペラペラと……」


 そして千景さんは、再び視線を戻し、俺を見据えながら言った。


「平和っていうのはね……誰かの感情を犠牲にする事で成り立っているのよ」

「平和のためなら……珠々奈がどうなってもいいっていうのかよ!」

「そうね、その時は……代わりを用意するしかなくなるかもね……」


 そんな、簡単に……そんなこと言うなよ……。


 千景さんに何を言っても無駄だということは、このやりとりで十分すぎるほど分かった。それよりも……今は珠々奈だ。


「失礼します……!」


 俺も学院長室を出て、珠々奈を追う。

 だけど、珠々奈はすでに廊下には居なかった。


 くそっ……どこに行ったんだ……?


 俺は珠々奈の行きそうなところで、唯一心当たりのある場所に向かった。


 ――生徒会室。


 そのプレートが下がっている部屋に、俺は訪れていた。

 珠々奈とはまだそこまで親しくはなかったから……思いあたる場所はここくらいしかなかった。


 俺は中に入って珠々奈の姿を確認するも……そこには居なかった。

 代わりにいたのは、利世ちゃんだ。


「うおっ、ビックリした! 急に入ってきてどうしたの?」

「珠々奈は!?」

「え?」

「珠々奈が行きそうな場所とか、知らない!?」

「珠々奈ちゃんが行きそうな場所……?」


 利世ちゃんは少し考えてから、思い出したように言った。


「そういえば……1人になりたい時は、結構屋上にいるこおが多いみたいよ」


 屋上か……。


「ありがとう、利世ちゃん!」

「どういたしましてー」


 俺は利世ちゃんから貰った情報を頼りに、屋上へと向かった。


◇◇◇


 屋上へと向かう階段は、すぐに見つかった。

 すぐ横に古くなった机が積まれていて、どれも埃まみれだ。空間自体も、どこか埃っぽい。

 おそらく、普段は屋上を生徒たちに開放しているわけではないのだろう。

 階段を昇ってその先にあるドアノブを回すと、軽い力でカチャリと回った。

 俺は扉を、ゆっくりと押し開ける。


 扉を開けると、気圧の影響か空気が一気にこちらに流れ込んできて、俺の髪を撫でた。

 空気の流れに逆らうように、一歩を踏み出す。


 屋上には、1人だけ先客がいた。


「……珠々奈」


「あなたは……」


 珠々奈は、自分の身体を抱きしめるようにして体育座りをしていた。


「探したよ、珠々奈。まさかこんなところに居るなんて」

「……どうして探したりなんかしたんですか」

「だって……心配だったから」

「……」


 俺は珠々奈の隣まで移動して、そこに腰掛ける。

 珠々奈は、自分の殻に閉じ籠るように目を伏せた。

 そして、ぽつりぽつりと話し出す。


「私はあなたのことが嫌いです……勝手に距離を縮めてくるところも、勝手に人を助けようとするところも……そして――」


「――似てるところも?」


「え?」


 俺の言葉に、珠々奈は顔を上げ、驚いた顔で俺を見た。

 だけど俺は、言葉を紡ぎ続ける。


「私は、似てるんだよね? 珠々奈の、元パートナーに――」

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