act.29「珠々奈の決断」

 ――珠々奈は、燃え盛る炎の中に消えていく悠里の姿をただ見つめていることしか出来なかった。


 ……あの人は、まさか本当に助けるつもりなのだろうか。火事の中に取り残された子供を。

 魔法だって万能じゃない。

 そんなことをしたら、自分の命だって危うくなるというのに。


 それに……任務以外での魔法の使用は、重大な規則違反だ。

 この溢れかえる人の中で魔法を使えば、関係ない一般人の目に晒されることは、免れないだろう。

 そうなれば……もう魔法少女でいることすら……。

 

「くっ……」


 ――私は、どうすれば……。


 その時だった。

 

「……お願いします……誰か陽菜ひなを助けてください……」


 珠々奈の耳に、母親の悲痛な声が聞こえてきた。


 火の手の勢いはもう、簡単に消し止められるレベルを超えている。

 この様子だと消防隊も間に合わないだろうし……もし間に合ったとしても、子供を救出するのはほぼ不可能だろう。


 唯一助けることができるとすれば、それは魔法の力を使える人間だけ――。


『人は……死んだらお終いなんだよ!?』


 先ほどの悠里の言葉が、珠々奈の頭の中でよみがえってくる。


 ――そんなことは分かってる。

 私だって、もう誰かが死ぬ姿を見たくない。

 だけど……。


 私はあの子と約束したんだ。

 一緒に、Sランクになるんだって……。


 なのに……こんなところで、その約束を破ってもいいの?


 ……アイリ。


 私は一体、どうしたら――。


◇◇◇


「……やば」


 燃えている民家の中に入ったまでは良かったが、当然ながら炎は家の中にまで侵食していて、俺の行く手を阻んでいた。

 とてもじゃないが、先に進めそうにない。

 流石に、考えなしに入るのはまずかったかもな……。


 俺はすでにステラギアを箒モードへと展開していたが、これは魔法による身体能力向上を狙ってのものだ。ステラギアを展開状態にしておけば身体能力が上がることは、会長たちから教えてもらっていた。

 もっとも攻撃形態アサルトフォームのほうが能力強化の効率はいいらしいが……いまは飛行形態フライトフォームしか使えないから、これで我慢するしかない。


 炎と煙が染み込んだ家は脆くなるのかそれとも別の理由があるのか、詳しいことはよく分からないが、ボロボロと壁が崩れ落ちてきていた。

 また家具なども倒壊して俺の行く手を阻んでいたが、それを箒を使って退かしていく。


 というか箒で退かすって、マジでやってること掃除じゃん。


 ああ……早く攻撃形態アサルトフォームを使えるようになりてぇ……。


 炎の燃え方からして、もうあまり時間はなさそうだった。

 俺は魔法の力でまだ耐えられそうだったが、取り残されたという子供はそうもいかないだろう。

 早く見つけないと……。


 だが、その子供がどこにいるのかは、皆目見当がついていなかった。

 あらかじめ居そうな場所でも聞けていれば……。

 俺はますます、何も考えずに火の中に飛び込んだ自分を呪った。

 

 だが、めげていたところで仕方がない。


「おーい!! 誰かいたら返事してー!!」


 俺は全力で大声を上げながら、炎の中を歩いていく。


 こうやって声を上げてれば、そのうち向こうから返事をしてくれるはず……。

 

 ――だが、そんな時だった。


 炎に焼かれてぐらついていた柱が、ついに耐えきれなくなったのか、倒れ込んできたのだ。

 ――あろうことか、俺の方に向かって。


「えっ!?」


 気づいた時にはすでに俺にぶつかる寸前で……咄嗟に箒で振り払おうとするものの、間に合いそうになかった。


 嘘でしょ!? 避けきれ――。


「――はあああッッ!!」


 俺が思わず目を瞑ったのとほぼ同時だった。

 誰かが叫ぶ声が聞こえ、その直後に凄まじい音を立てて倒壊する柱。

 だが、俺の身体にはなんの衝撃も無かった。


 俺は、恐るおそる瞼を開く。


 そこにいたのは――。


「――珠々奈!!」


 ステラギアを展開し――自らが蹴散らした柱の上に立つ珠々奈の姿だった。


「……助けに来てくれたの?」


 俺がそう問うと、珠々奈はわざとらしくそっぽを向きながら答えた。


「ふん……別に私はあなたがどうなろうと知ったことじゃないです。ただ、助けに行ったあなたにまで死なれると、私としても寝覚めが悪い……それだけですから」


「ありがとう!! 珠々奈!!」


「だから、あなたのためじゃありませんって――」


「――ううん。理由はどうであれ、助けてくれたってだけで嬉しいから」


「――っ! じゃあ勝手にして感謝してて下さい」


「うん、勝手に感謝する」


「……」


 珠々奈はなんとも言えない顔でしばらく口をパクパクさせていたが、やがて落ち着きを取り戻したのかいつもの表情に戻り、俺にこう言った。


「……さあ、こんなところで油打ってないで、さっさと子供を救出しますよ」


「うん!!」


 こうして珠々奈と合流した俺は、取り残された子供を見つけるため、さらに炎が渦巻くその中心へと進んだのだった。

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