act.28「規則なんてどうでもいい」
「――もう一回聞くけど、私たち、怪異を倒したってことで良いんだよね?」
怪異が潜むという廃病院に侵入して――その帰り道。状況が未だに理解できていなかった俺は、隣を歩く珠々奈にそう尋ねていた。
珠々奈は表情ひとつ変えることなく答える。
「そうですね。怪異の反応も、完全に消失してましたから」
「でも……正直、倒した実感が湧かないというか……」
「会長も言ってたじゃないですか。脅威度Dはゴキブリを潰すより簡単だって」
いや、言ってたけども。
まさか本当に簡単だとは思わないじゃないですか……。
「ていうか、私、怪異を踏んづけて倒したんだけどさ」
「はい、見事に踏み潰してましたね」
「普通、怪異って踏んづけて倒せるようなもんなの?」
「あまり聞いたことはないですが……まぁ、足に魔力を集めれば可能だとは思います」
「でも私、特に足に魔力を集めようなんてしてないけど……」
「さぁ……足から魔力が漏れてたんじゃないですか?」
えぇ……。
足から魔力が漏れるって……なんか嫌な響きだな……。
……まぁ、でもなんにせよ、これで任務は完了だ。
何事もなく終わって本当に良かった。
……いや、デカいのが出てくるフラグとかじゃないからな?
今回の任務で反省点があるとするならば……次こそは怪異をカッコよく退治、だ。
それまでに、なんとしてでもステラギアを使いこなせるようにならなきゃな……。
戻ったら利世ちゃんに扱い方のコツとか聞いてみるか。
「……この後、学院に戻るんだよね?」
「はい。依頼の完了報告とか、色々ありますので」
「ふーん、それって結構時間かかるの?」
「いえ……私たちがやるのはステラギアの稼働記録を提出するくらいなので、そこまではかからないと思いますけど」
「利世ちゃんって、今日、学院にいるかな?」
「利世先輩ですか……? さぁ? 出掛けてなければ、寮にいるんじゃないですか?」
「そっか」
寮というのは、俺の部屋が用意されていた、あの建物のことだ。
翠桜花女学院は全寮制で、つまり利世ちゃんや他の魔法少女もみんな、あの場所で生活している。
まぁ……考えてみれば、そりゃそうだよな。
この前友達登録した某SNSで利世ちゃんに戦い方指南をお願いしてみると、割とすぐに『OK!』と可愛らしい絵柄のスタンプが返ってきた。
「……利世先輩と仲良いんですね」
不意に珠々奈がボソリと呟く。
「え? うん」
ま、そりゃ、利世ちゃんとは同じクラスだし……。
「……珠々奈も友達登録す――」
「――結構です」
いやそんな即答しなくてもいいじゃない。
俺は小さくため息を吐いた。
……別に急いじゃいないけどさ。
そろそろ心開いてくれてもいいんじゃない?
「気長に待つしかないか……」
「なんか言いましたか?」
「……いや、こっちの話」
「そうですか」
果たして進展があったのかはよく分からないが……先のことは、また今度考えよう。
そのまま歩いていると、廃病院周辺の人通りの少ないエリアを抜け……徐々に喧騒が戻ってきていた。
静かだった先ほどとは打って変わっていくつもの人の声が聞こえてくる。
そして、あたりに漂う、香ばしい香り――。
――てか、香ばしいというより、コゲ臭くないか……?
それに、喧騒というより、叫び声のような――。
「――なんかおかしくないですか?」
どうやら珠々奈も異変に気付いたらしい。
「うん……ちょっと行ってみよう」
少し歩みを速めながら、俺は珠々奈と共に、声と臭いのする方向へ向かう。
そして近付くにつれ、多くなっていく人混みとむせ返るような異臭。
さらに、視界が徐々に明るくなっていく。
人の波を掻き分け、俺たちがたどり着いたのは――。
『――危ないですから、離れてください!!』
――燃え盛る家、家……。
数件の民家を巻き込んだ、大規模な火災現場だった。
◇◇◇
「ちょ、これ……ヤバくない?」
空気を巻き込んでさらに勢いを増す炎と、その周囲に集まる人の群れ。
ほとんどは野次馬のようだが、一部には泣き崩れたりする人もいた。きっと燃えている民家の住民なのだろう。
「どう見てもヤバいですね……でも、すでに119番に通報もされてるみたいなので、あとは消防隊を待つしか――」
その時、嗚咽が混じった女性の叫び声が聞こえてきた。
「――誰か助けて下さい!! 中にはまだ子供が……!!」
マジかよ。
炎の勢いを見るに、消防隊なんて待ってたらどう考えても間に合わないぞ。
――そうだ。魔法の力を使えば……!!
「ねぇ、珠々奈……魔法を使って助けられないかな――」
「――無理です」
だが珠々奈は、俺の言葉をはっきりと否定した。
「どうして……!?」
「魔法少女は怪異の討伐以外に魔法を使ってはいけない……そういう規則なんです」
なんだよ、規則って……。
「特に不特定多数の観衆の前で魔法を使うのは重大な規則違反です。もし規則を破れば……その時は私たちがどうなるか――」
「――どうなるかって、そんなのどうでも良いでしょ……!! 人は……死んだらお終いなんだよ!?」
「……!!」
今、誰かを助けられる力がある。
なのに、黙って見ているだけなんて――俺はそんなの嫌だ。
「――私は助けに行く」
それで、仮に失格の烙印が押されたとしても……結局のところ、魔法少女としてそれまでだったというだけだ。
「ちょっと――!!」
俺は――躊躇する珠々奈を置いて、炎の中に飛び込んだのだった。
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