act.25「任務中なのにクレープ食べるのってヤバいっすか?」
「――……おーい!!」
どうなるか不安しかなかった学院生活は、意外にもあっという間に過ぎていき――気付けば、週末。
俺は例の怪異討伐依頼をこなすために、学院を出て、ある街を訪れていた。
駅前で翠桜花学院の制服を着て立っている人物を見つけた俺は、大声で手を振る。
「おーい、珠々奈ぁー!!」
そこにいたのは、もちろん珠々奈だった。
俺の声に気付いた珠々奈は、眉を顰めて露骨に嫌そうな顔をする。
俺は珠々奈の元まで辿り着くと、彼女の前で両手を合わせて謝罪する。
「ゴメン! 初めて来る街で迷っちゃってさ。待った?」
すると珠々奈は、こちらを見ずに言った。
「……はい、もちろん待ちましたよ。10分遅刻ですからね。……まぁ、別に来なくても良かったですけど」
……相変わらずのツンツンっぷり。
いや、今回は遅刻した俺が悪いから、文句は言えないけどさ。
「……それで、目的地ってどこだっけ?」
おれは珠々奈に尋ねた。
あらかじめステラギアにマーキングしておいたから、ホログラムの地図を出せば1発で分かるんだけど……流石にこんな人通りのある場所で展開することはできない。
珠々奈はため息を吐きながら答えた。
「ここから北に2、3キロほど歩いた所にある廃病院です」
「廃病院か……なんか嫌な響きだなぁ……」
「仕方ないです。怪異は、こういった人の思いが滞留する場所を好んで棲家にするので」
「へー、そうなんだ」
「だから心霊現象なんかは、怪異の仕業であることが多いです。現にこの廃病院も最近、心霊スポットとして話題になっているようですから」
「……その廃病院、行かなきゃダメかな?」
「はぁ? 何言ってるんですか? そこに行くためにここまで来たんでしょう?」
「……だよね」
いや分かってはいたけども。
昔からお化け屋敷とか、そういうの苦手なんだよなぁ……。
「ところで……今日は私と珠々奈の2人だけなの?」
「そうですけど、どうしてですか?」
「いや、前に怪異と戦った時には、オペレーターとかがいたから」
この前は人手不足だとか言って、千景さんと楠木先生が同伴してくれていた。だから今回も、誰かしらがついて来てくれるのかと思っていたのだけれど……。
「……ああいうのは、脅威度A以上の大型怪異の時とか、怪異が大量発生した時だけです。今回みたいな脅威度Dの時はわざわざAMFを張る必要もないでしょうから」
「ふーん」
じゃあ、今日は珠々奈と2人だけか……。
「さぁ、こんなところで油打ってないで早く行きましょう。さっさと終わらせたいですし」
「あ、うん――」
歩き始める珠々奈について行こうとしたところで、鼻腔を何やら甘い匂いがくすぐった。
「……なんか良い匂いしない?」
「ああ……そこでクレープを売ってるみたいですね」
「クレープ?」
珠々奈の指差す方向を見てみると、キッチンカーが停まっていて、確かにクレープを販売しているようだった。
この駅は結構若い子が乗り降りしているみたいだから、恐らくそれを狙って出店しているだろう。
しかし……なんだろう、この匂いは……抗いがたい魔力があるような……。
「……ねぇ、珠々奈」
「はい」
「ちょっとクレープ食べてかない?」
「……はい?」
珠々奈の素っ頓狂な声が飛ぶ。
「今日はなんのためにここまできたか分かってます?」
「分かってるよ、怪異を倒すためでしょ?」
「分かってるなら、早く……」
「でも、脅威度Dって大したことないんでしょ? だったら、クレープ食べてからでも、充分間に合うんじゃない?」
「いや、確かにそうですけど……」
「珠々奈もクレープ食べたくない?」
「別に、食べたくなんて――」
その時だった。
珠々奈のお腹の辺りから、
――ぐるるるるうぅぅ。
と大きな音が鳴った。
そして珠々奈の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「……遅刻したお詫びに、おごってあげるからさ。ね、食べようよ?」
「…………し、仕方ないですね! そこまで言うのなら、食べてあげなくもないです……!」
あー、もう。
意地張っちゃって。可愛いなぁ。
「よぉし、そうと決まれば、早く注文しよう!」
そしてクレープ屋に向かいながら俺は――あの日綾瀬会長から最後に言われた言葉を思い出していた。
『――珠々奈が悠里ちゃんを心の底から嫌っていることは絶対にないから……だから悠里ちゃんも、根気よく珠々奈に接してあげて欲しい』
まだ手探り過ぎて、正解とかぜんぜん分からないけど……。
……こういう感じで、いいんだろうか?
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