act.26「チョコ、付いてるよ」
屋台にたどり着いた俺たちは、それぞれ食べたいクレープを頼んでいた。
俺はミックスベリー、珠々奈はデラックスチョコレートとかいうヤツだ。
店員さんからクレープを受け取った俺は、すぐさまそれにかぶりつく。
「ん〜!」
ああ……クレープの甘さが染み渡る……。
前まではそこまで甘い物が好きではなかったのだが……これも性転換の影響だろうか?
珠々奈のほうも、美味しそうに頬張っている。
「……珠々奈ってさ、チョコ好きなんだ?」
俺がそう聞くと、珠々奈は口を尖らせながら捲し立てるように答えた。
「べ、別に好きっていう訳じゃないです……! たまたま最初に目に付いたから頼んだだけです! たまたま!」
「ふーん、たまたまね……」
その割には、随分美味そうに食べてますが。
そして夢中で食べすぎたせいで、ほっぺにチョコレートがついてしまってる訳ですが。
「……なんですか?」
「……別に?」
本当はすぐにでも教えてあげるべきなんだろうけど……面白いから暫く放っておこう。
「……これ、本当に奢ってもらって良かったんですか?」
珠々奈が、自分のクレープを大事そうに見つめながら言った。
俺は笑いながらこう返す。
「あはは、良い良いよ! さっきも言ったけど、遅刻したお詫びだからさ。それに……お金にはそこまで困ってないし」
なんたって社会人だからな、俺は。これくらいの甲斐性がないと。
……まぁ、まだ給料貰ってないけど。
というか、千景さんから聞かされたあの額、信じて良いんだよな……?
「そう、ですか」
珠々奈はしばらくクレープを眺め続けていたが、やがてまたパクつき始める。
決して口には出さないが、内心は喜んでくれているっぽい。
そこまで喜んでくれているなら、奢った甲斐もあったというものだ。
「――ところでさ」
「なんですか?」
「この辺、私たち以外にも若い子多いよね」
辺りには、ちらほらと10代後半から20代前半くらいの女の子が歩いているのが見えた。
まさか、この子たちも例の廃病院に向かっているとか?
……ってそんな訳あるか。
すると、珠々奈が当たり前だと言わんばかりに答えた。
「知らないんですか? この街、ファッションスポットとしては結構有名ですよ?」
「へー」
見ると確かに、両脇にはいかにもオシャレそうな店が並んでいた。
……全然知らなかったな。
ちょっと前まではこんな煌びやかな場所とは無縁の生活をしていた訳だから、当然と言えば当然だが。
「珠々奈もよく来るの?」
「まぁ、たまには。大抵は会長とか利世先輩の付き添いですけど」
なるほど。
確かにあの2人って女子力高そうだもんなぁ……。
「珠々奈はどんな服着るの?」
「……なんでそんなこと教えなくちゃならないんですか?」
「いや、単純に気になったというか……」
珠々奈のことは、制服姿でしか見たことがないから、普段どんな格好をしているのかは気になる。
まぁそれを言うなら、綾瀬会長と利世ちゃんの私服も同じくらい気になるけど……。
「ねぇ、ちょっと服、見て行ってもいいかな?」
「はぁ? なんでですか?」
「いやぁ、編入する前に色々と断捨離してきたからさ、着る服が無いんだよね」
本当は女性ものの服をそもそも持ってなかったからなんだけど、着る服がないというのは本当だ。
「まさか買うつもりですか? バカなんですか? これから戦うのに」
「いいじゃん、ちょっと見るだけだからさ」
「今日、何のためにここに来たのか、本当に分かってます?」
「分かってるよ、害虫駆除でしょ?」
「ぜんっぜん分かってない!」
「そんなカタいこと言わずにさ、行ってみよう?」
「ちょ、ちょっと……!!」
珠々奈の静止を振り切り、近場にあった店へと向かう。
……ちなみに廃病院に行くのが怖くてはぐらかしている訳ではないぞ。断じて。
でも正直ちょっと気になってたんだよね、女性ものの服。
俺はショーウィンドウの前で立ち止まり、そこに展示されていた服を眺める。
「あ、見てこれ、可愛くない」
「……どれですか?」
遅れてやってきた珠々奈が、ショーウィンドウを覗き込む。
――が、その瞬間、珠々奈の身体がピシリと固まった。
そして、一気に赤面。
ガラスに反射して映り込んでいた、自分の顔の異変に気づいたのだ。
頬にこびり付く、チョコレートに。
俺はおそるおそる珠々奈に言った。
「あの……チョコ、付いてるよ」
「……いつから気付いてたんですか?」
「ああ……えっと……割と最初からかな」
「なんで教えてくれなかったんですか」
「いや、だって……可愛かった、から?」
すると珠々奈は、頬っぺたを手で強引に拭った後、怒り肩でさっさと奥に行ってしまう。
やべ、これ……なんか選択肢ミスったっぽい。
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