act.2「魔法少女は、確かに実在するのです」

「――あれか」


 箒の形をした機械に跨っていた少女が、上空からそれを見下ろし、呟いた。


 少女の視線の先には、巨大な何かが、ゆっくりと北に向かって移動していた。


 ――怪異。

 魔力を拠り所にした、謎の生命体。

 奴らを説明するのに、それ以上も以下もない。なぜなら……それしか分かっていないからだ。

 敢えてもう一つだけ分かっていることがあるとするならば、それは……人間を襲うということ。


 それは、数メートルもある巨体を左右に揺らしながら、木や電柱を薙ぎ倒し進んでいた。

 

「……速水はやみです、ターゲットを視認しました」

 自分を速水と名乗る少女は、箒に搭載された無線機に向かってそう言った。すると、無線の向こうから声が返ってくる。


『オーケー。それじゃ、芽衣めいはターゲットの右、美衣みいは左に旋回して取り囲んで』

『りょーかーい』

『……ラジャ』


 その無線の声と同時に彼女の両脇を、彼女と同じ制服を着て同じように箒状の機械に跨った少女が2人、空を切り駆け抜けてゆく。

 横切る時に一瞬見えた2人の少女の顔立ちは、見間違えてしまいそうなほど、瓜二つだった。


『それと……珠々奈すずな

「はい」

 少女は自分の名前が呼ばれ、それに応える。

 無線の声は、ひどく真剣な声色で少女――珠々奈に言った。

『今日は珠々奈が攻撃役ストライカーな訳だけど……相方が要らないっていうのなら、それ相応の働きを見せなさい。学院長に認めて貰いたいなら、尚更ね』

「分かってます――」


 珠々奈は箒に跨ったまま、深く深呼吸をした。


 ――大丈夫、私なら1人でもやれる。

 それに、もうあんな思いをしたくはない。あんな気持ちになるくらいだったら……私は、ひとりぼっちで良い――。


『会長ー、位置についたよー』

『……こっちも準備完了』


 先程の2人の声が、無線を通して再び聞こえてくる。


『よし。じゃあ2人は、2人はフィールドを展開して』

『はーい』

『……わかった』


 そして次の瞬間、怪異のいる地点を中心に半径500メートルを覆うように、透明な結界――AMFアンチ・マジック・フィールドが展開される。

 これで怪異は、この結界の外へ出ることが出来なくなる。被害を最小限に食い止めることが出来るはずだ。


『……さあ、珠々奈。お膳立てはしたわ。期待してるからね――貴女のこと』


「……はい。速水珠々奈――ターゲットに接敵します――!」


 私は負けない。

 あの子の為に。そして何より……私自身の為に。

 

 心の中でそう強く誓った珠々奈は、怪異のいる地点目掛けて、急降下した――。


◇◇◇


「――……なんじゃ、こりゃ」


 夢でも見ているのかと思った。

 いや、むしろ夢でなければ、この状況をどうやって説明する? 目の前で、巨大な怪物が暴れている、この状況を。


 俺の目の前にいる巨大なそれは、怪物と形容するほかない見た目をしていた。俺の知っているどんな生物とも似ても似つかない。

 脚が8本あって、天辺は硬い外骨格のようなものに覆われていて……。

 敢えて知っている生物で例えるなら……亀と蜘蛛を足して2で割ったみたいな感じだった。


 ありえない。

 夢だ。夢に決まってる。

 夢に……。


「な訳ねぇよな……」

 どんなに現実逃避したところで、怪物が歩みを進めるごとに撒き散らす土埃の息苦しさは、どう考えても本物だった。


 ……どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

 いつものようにバイト先を出て、自転車に跨り、そのまま自宅に到着する予定だったはずだ。

 それがなぜか、こうやって棒立ちで怪物を眺めている。


 ちなみに乗っていた自転車は、とっくの昔に怪物に踏み潰され、粉々に消え失せていた。

 この場合って保険効くんだろうか。効くとしたら保険屋にはなんて言えば良い? 怪物に踏み潰されましたってか?


「ははっ……」

 思わず乾いた笑みが漏れる。

 笑ってなきゃ精神が持ちそうにない。


 そうしてただ呆然と立ち尽くしている時。

 俺のすぐそばを――、


 キィィッッ――!!


 ――乱暴に弧を描き、1台の車が止まった。

 黒塗りの、車種に疎い俺ですらひと目で分かるほどの、高級車だ。


 そして、その車の運転席から、1人の人物が降りてくる。


「――やぁ、青年。ひどい顔をしてるわね」


 そう俺に言ったのは、見たことのない女だった。

 ……それも、相当な美人だ。

 スーツを身に纏って、いかにも自分は出来る女です、的なオーラを醸し出しているのが、これまたポイントが高かった。

 もしこれが某春のパン祭りだったら、食器が10枚は貰えそうなくらい。それくらいポイントが高い。


 女は、怪物が踏み潰していった街の残骸を眺めながら、面倒臭そうに呟いた。


「あーあ、こりゃまた、派手にやってくれちゃって……」


 その口ぶりは、この場所に怪物がいることをあらかじめ知っていました、とでも言いたげだった。


「あんた……」

「ん?」

「この怪物のこと、知ってんのか……?」


 俺がそう尋ねると、女は難しそうな顔をしてからこう言った。


「うーん、知ってると言えば知ってるし、知らないと言えば知らないし……」

「は……? どういうことだよ……?」


「……こいつは『怪異』――私たちのあいだではそう呼ばれてる」

「怪異……?」

「人を襲う。そして通常兵器では倒せない。奴らを倒せるのは魔法だけ。分かっていることと言えば、それくらい」

「ま、魔法……?」


 本気で言ってるのか……?


 正直、女の言っていることはどんな厨二病ですかって感じだったが――しかしその真剣な面持ちは、まるっきり嘘を言っているようにも見えなかった。

 というか、事実として目の前に怪物がいる時点で、信じるほかないというか――。


 ――そんな時だった。


 空を、何かが包み込んだ。

 それは、透明な膜のようなものだった。目を凝らさないと分からないくらいの、小さな変化だ。だがそれは確実に、世界から俺たちと怪物だけを切り取るように、周囲を包み込んでいた。


 女もそれに気付いたのだろう。空を見上げながら、こう呟いた。


「AMFを張ったか――そろそろのようね」


「そろそろって、何が――!?」


 俺がそれを尋ねるのとほぼ同時――、


 ――ドンッッ!!


 『怪異』の巨体が大きく縦に揺れていた。


「……!? な、なんだ……!?」


 大きくバランスを崩した怪異は、その8本の鋭い脚を投げ出し、腹部から崩れ落ちる。

 その衝撃で土埃が舞う。

 俺は、それが直撃するのを避けるために、自分の顔を両腕で覆った。


 一体何が起きたんだ……!?

 正直、怪異がひとりでに倒れたようにしか見えなかったけど……。


 俺は顔を覆っていた袖と袖の隙間から、隣にいた女の様子を伺う。


 女は衝撃にも構うことなく、ただ真っ直ぐと、倒れた怪異を見つめていた。

 いや、正確には、その怪異の外殻の上に立っている何かを――。


 そして――一言。


「――魔法少女」

 

 俺はようやく晴れた視界の中で、その怪異の外殻の上に立つ何かを視認して――そして目を疑った。

 そこにいたのは――。


 ――黒髪ロングヘアをなびかせる、制服姿の美少女だった。

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