魔法と科学
「お酒で御座いますね。かしこまりました」
「昼間っからお酒飲むの?」
「ちょっとだけだ。ちょっとだけ」
完全にアル中に足を一歩踏み入れている。しかし、自分で制限してぎりぎりのラインを保ってきたので、アル中だと診断されたことはなかった。ただ、本当にギリギリのラインである。
「この世界のお酒がどんなものか味わってみたくて」
「お好みが分かりませんので、数種類お持ち致します」
「有難う御座います」
とても優秀な侍女だ。酒という願いに反対せず、さらに複数用意してくれるなんて。鉄次郎はこの日一番の深いお辞儀をした。
「は~。大人はもう~」
近くの椅子にどかりと座り、シルアがため息を吐く。鉄次郎自身も酒を呷るのは良いことではないと理解しているので、申し訳なく頬を掻いた。
ここにもしも妻がいたならば、有無を言わさず酒を没収されただろう。そんな懐かしい姿も十五年見ていない。感慨にふけってしまうが、酒を我慢するかどうかはまた別の話だ。
「お待たせ致しました」
「おお。有難う御座います」
見るからに上等な酒がいくつか持ち込まれた。普段、一本百五十円のビールを飲んでいる身としては涎が出そうだ。
「それではとりあえず一口」
一番手前にあった酒を選ぶと、キリがグラスに移してくれた。皇女付きの侍女にこんなことをしてもらって罰が当たったりしないだろうか。
「美味しい!」
「恐縮です」
二本目、三本目と勧められるので、次々に口にした。残りは取っておいてくれるらしい。有難い限りである。
好みがとは言われたが、はっきり言って全部美味しかった。毎日でも飲みたいくらいだ。金さえあれば、今から酒屋に走りたい。どんな状況でもやはり金は重要であると実感した。
「ううむ、どれも素晴らしい。早いところ仕事を見つけて、お酒を自由に買えるようにならないと」
「そんなに大事なんですか?」
日用品よりも優先順位が高い様子を見てシルアが呆れた声を出す。
「お恥ずかしい。趣味と言われたら、刀かお酒しかなかったものだから」
「そうそう、その剣! 刀! 見てもいいですか?」
シルアが鉄佳を指差す。国の雰囲気からして、刀は流通していなさそうだから珍しいのだろう。
「いいですよ。模造刀だが、わりと尖っているから気を付けて」
そっと手渡すと、シルアが慎重に鞘から抜いた。
「ふおおお!」
「これがシルア様をお守りした武器ですか!」
キリも一緒になって鉄佳を見つめる。鉄次郎はなんだか気恥ずかしくなった。
ひとしきり観察されてから、鉄佳が戻された。大切に毎日手入れをしてきたとはいえ、模造刀を国宝みたいに扱われてしまった。
鉄佳を見てふと気づく。ゴブリンキングを倒したはずなのに、鉄佳は刃こぼれ一つしていない。新品みたいだ。むしろ、今までより綺麗かもしれない。
あの時、光を帯びた気もした。もしかして、異世界に飛ばされた際、何かの反動で鉄佳に作用して変化が起きたのだろうか。
「ふむ」
それであれば、多少の不安は残るものの心強い。見た目は変わっていないし、どんな風になろうと大事な我が子。これからも大切に付き合っていきたい。
「貴重なお品を拝見し、心が浄化されました。有難う御座います」
──模造刀とは言いづらい雰囲気になってしまった。
シルアには言ってあるし、たいした問題ではないだろう。酒の礼を言うと、キリが去っていった。酒は棚に入れてくれた。冷蔵庫のようなものらしい。
「冷却具という魔法具を中に入れておくと、ずっと冷えてるんですよ」
「なるほど。魔法具。魔法で作った道具、ということかな」
「そうですね。鉄さんの国では魔法は珍しかったですか?」
「というより、魔法を使える者はいなかった」
「なんと!」
シルアが立ち上がって驚く。それだけ驚かれるということは、この国では魔法が当たり前の日常だということだ。
「しかし、魔法という言葉はあったよ。人々が作り出した創作の中だけだけれども。私の世界では、その代わりに科学があった。人が考え出した知恵で、冷却具みたいな冷蔵庫を作り出したし、空気を冷やしたり暖めたりするエアコンもあった」
「へえ~~~、世界が違うとそんなに違うんだ。科学ってどうやってやるんです?」
「身の回りの道具や植物から、光を作り出す電気や人々を治す薬まで作れるんだよ。ただ、専門分野だから、そういう知識や道具が無いと出来ないけれども」
「その辺は魔法と一緒ですね。魔法は魔法士じゃないと出来ないことが多いです」
魔法も科学も紙一重なのかもしれない。子どもや孫と楽しんだ魔法アニメを思い出す。まさか魔法に触れ合える機会が来るなんて、是非孫に知らせたい。
「そうだ。手紙を書こう」
いつ戻れるか、一生戻れないかもしれない。それでも、この世界のことや今の気持ちを書き留めておきたい。
「手紙ですか? 紙なら沢山ありますから渡しますね!」
シルアが扉を開けて走り出し、ものの一分で紙を手に戻ってきてくれた。廊下で「走らないでください!」と誰かに怒られていたのは目を瞑っておいた。
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