第五皇女
満足気に去っていった皇帝にファイティングポーズをしながら、シルアは青い顔をしていた。
「顔色が優れないが」
「大丈夫です。とりあえず今日は勉強しなくていいので」
「明日三倍らしいが」
「明日まで忘れます!」
シルアが言い切ったところで、隣のキリが盛大な拍手を送っていた。こんな間近に甘やかす人間がいたのでは、勉強に関しては今後もあまり期待出来ないかもしれない。
「さて、家はどのようなものがお好みですか? この国は鉄次郎様の国とは違う様式なようですが」
本当に家を一から建ててくれるらしい。しかも希望を聞くという。
「一人暮らし用のお城とかは?」
「さすがにそれは派手過ぎかな。私一人だけだし、山小屋みたいな小さなもので十分だ」
鉄次郎の意見に二人が反対した。
「いけません! それが一番の希望とあれば引き受けますが、遠慮されているのなら、それは杞憂に御座います。こちらもお礼ですから、出来る限りのおもてなしをさせて頂ける方が嬉しいです」
「恐縮です。しかし、年寄りの体では広いと掃除も大変なので、平屋の、シンプルな外見にしてもらえると助かります」
「承知しました」
そこでふと、鉄次郎が思い立った。
「もし材料をくださるなら、私が建てても問題ありませんか?」
「家をですか!?」
「はい」
やはりだめだったか。我儘を言ってしまい反省した鉄次郎にキリが両手を振った。
「いえ、反対なわけでは御座いません! 少々驚いてしまっただけで……建築の技能をお持ちだなんてさすがです。鉄次郎様のお好きなように建ててください」
「技能という程ではないです。水回りなど分からないところもありますので、その時は専門の方にお手伝い頂けると助かります」
家に隣接する倉庫や犬小屋を建てたことがある程度だ。ただ、ここに来てすることもなく一日一日を暇するならば、やることを作っておきたい。年寄りには腰にクるかもしれないが、自分の家を作るなんて楽しそうだ。
「それはもちろん! 何人でも連れていってください」
「はいはい! 私も手伝いたいです!」
「シルア様はまずお勉強からで御座います」
「じゃあ早く終わらせるからぁ!」
それを聞いたキリが飛び上がった。
「まあ! シルア様からそんなお言葉が出るなんて! 鉄次郎様は救世主です!」
鉄次郎が特別何かをしたわけではないが、皇女の勉強に対する姿勢が変わったなら役に立てて何よりだ。
「それでは明日までに材料を用意致します。本日はお部屋を用意しますので、そちらでお休みください」
「有難う御座います」
豪奢な扉を出ると、奥が見えない長い廊下が現れた。
「では、ご案内します」
異世界に来てしまったのは不運でしかないが、その日のうちに寝床を確保出来るとは。
不幸中の幸いとはこのことか。
「おじいちゃん、だれ?」
「ん?」
ズボンをくいくい引っ張られる。そこには七、八歳程の女の子が立っていた。大きい瞳に鉄次郎の顔が映っている。
「お、シルアさんの妹さんかな」
鉄次郎は屈み、女の子に視線を合わせて挨拶をした。
「私は岡村鉄次郎。シルアさんのお友だちです。宜しくお願いします」
「お姉様のお友だち? そしたらわたしのお友だち?」
「ふふ、いいですよ。お友だちだね」
「わ~~~い! わたし、ルル。第五皇女、です!」
無邪気で可愛らしく、やはり孫を思い出す。鉄次郎は目頭を押さえた。
「鉄さん、また孫!? 孫関連なると途端に弱いですね」
「ああ、すまない。孫に明日会えるはずだったから、つい涙腺が緩くなってしまって」
「そうだったんですか。軽率な発言すみません」
「いいんだいいんだ」
嘆いても、それで現状が良くなるわけではない。周りに悪い空気を伝染させるだけだ。
「孫が元気でいてくれたら、私は満足なんだ」
本当だ。目に入れても痛くない可愛い子。笑っていてくれさえいれば、何も言うことはない。ただちょっと、会えないのは寂しいけれど。ルルがぎゅうと抱き着いてきた。
「ルル、一緒に遊んであげる」
事情を知らないはずなのに、大人たちの雰囲気を読んでか実に愛らしい提案をしてくれた。鉄次郎がお返しにぽんぽんと優しく背中を叩く。
「ありがとう。暇な毎日を送る身ですから、是非今度遊んでください」
「うん!」
「ルル様、そろそろお時間です」
ルル付きの侍女らしき女性が、近くの扉から出てきて声をかけた。ルルが文句を垂れながらもおとなしく離れ、手を振る。鉄次郎たちも笑顔で手を振った。
「こちらで御座います」
数分歩いたところで、用意された部屋に着いた。
「おお、随分と広くて立派な。有難う御座います」
「これでは足りないくらいです。ゆっくり休まれてください。何か食べたいものなどありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
時計が日本の読み方と変わりなければ、今は午前十一時。まもなく昼時となる。しかし鉄次郎はこのタイミングしかないと、思い切ってキリにお願いした。
「ええと、では……お酒を少々頂けますか」
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