お出迎え

「シルア様ァァァァァ!!」


 門を通った瞬間、メイド服姿の女が前から突進してきた。そのままシルアにダイブするかと思いきや、距離一センチのところでぎりぎり止まる。そして号泣しながら語り出した。


「どこにいらっしゃったのですか今の今まで! このキリ、見つかるまでの一時間、呼吸も出来ず死の淵におりました! 責任を取って自害しようとしていたところであります! しかしこうしてまた生きて再会出来るとは! この世の天国か!!」

「ちょっと音量下げて落ち着いて」

「かしこまりました。ところでそちらの武人はどちら様でしょうか」


 シルアの一声で音量マックスから音量ほぼゼロになった。あまりの早口で付いていかれなかった鉄次郎は何も出来ず立ち竦んでいる。


「キリ、こちらは私の命の恩人の鉄次郎さん」

「命のッ! お、ん人で御座いましたか。この度は我が国の皇女シルア様をお助け頂き有難う御座いました」


 途中で音量のことを思い出して、静かに頭を下げる。鉄次郎も照れながらお辞儀をした。


「いやはや、当然のことをしたまでです。困ったときはお互い様ですから」


 鉄次郎の言葉にキリがその場に崩れ落ちた。


「ああああああ聖人の如き心優しいお言葉……もしや鉄次郎様は神の化身……!?」

「あの、キリさん、ただの年寄りですから」

「ふわぁぁあ」


 鉄次郎がキリに手を差し伸べると、情けない悲鳴を上げつつキリが手を取り立ち上がった。


「卑しき私にもお優しい……。失礼、申し遅れました。私、シルア様付きの侍女でキリと申します。お気軽にキリとお呼びください」

「ご丁寧にどうも。こちらこそ宜しくお願いします」


 感情の起伏がやや、だいぶ激しいようだが、悪い人間ではないらしい。

 キリに案内され、シルアと鉄次郎は城の中に案内された。

 裕福なのかこれが世界の通常なのか、内部は白を基調とした壁に、一定間隔で繊細な花が飾られており、年寄りの目にも優しい景色で溢れていた。上を見上げるとシャンデリアもある。


「洋風の家で過ごしたことがないから、全てが物珍しい」

「鉄次郎様の国は違った様式なのですね」


 落ち着いたキリは立派なメイドに見える。先ほどはシルアが行方不明になったことでの錯乱状態だったのかもしれない。


「謁見の間でお待ちください。皇帝に報告して参ります」

「はい」


 なるほど。皇女を助けたから皇帝から挨拶があるのか。少々緊張する。そういえば城に入ってからシルアがずっと無言だ。横を見ると、シルアが鉄次郎の五億倍緊張した面持ちで冷や汗を垂らしていた。


「どうした? 腹でも痛いのか?」

「いいえ……ナンデモアリマセ……ありますぅ!!!」


 鉄次郎の服を両手で掴み、シルアが訴えた。


「ここは君の家だろう? そんな顔をして、何かまずいことでも?」

「うう……お父様が、お父様が……」

「父上が……?」


 もしかして親子関係が悪いのだろうか。兄妹が沢山いると言っていたから、普段から蔑ろにされているとか。そうならば、微力ながら手助けしなければ。そう決意した鉄次郎の前でシルアが告白した。


「すッッッッッごい怖いんです!」

「怖い、もしやぎゃくた」

「私が皇女教育サボるからすぐ怒るんですぅぅ!!!」

「当たり前のことだった」


 全然虐待じゃなかった。蔑ろにされていなかった。ちゃんと教育を受けさせてもらえているし、シルアが勉強しなければ叱る。しっかりした親ではないか。話というものは最後まで聞かないと分からないことが多い。鉄次郎は頷いた。


「うむ。若い時に教育を受けたり教養を身に着けておかなければ困る時が来る。怖いかもしれないが、反省して勉強しよう」

「うええ、鉄次郎さんに言われたらやるしかないぃ」


 項垂れるシルアを宥めていたら、キリが戻ってきた。後ろにがっしりした体格の中年男性と細身の男性がいる。服装からして中年男性が皇帝らしい。


「待たせて失礼しました。ソードフル皇帝のフォルド=ソードフルです」


 皇帝にしては気さくで、愛想の良い笑顔を浮かべて握手を求めてきた。もちろん断る理由は無い。


「岡村鉄次郎です。こちらこそ、たいしたことはしておりませんが」

「いえいえ、命の恩人と伺っています」


 五十を過ぎた頃だろうか。それでも鉄次郎より一回り以上若い。のどかな国の雰囲気を見る限り、良い皇帝なのだろう。


「お父様。鉄次郎さんは異人なんです」

「なにぃ!?」


 異人の言葉にフォルドが前のめりになった。そういえば、異人と言われていたと思い出す。異世界から来た人ということは、やはりこの世界に日本は存在しないのか。元に戻る術はあるのだろうか。子どもや孫に会えないのは非常に辛い。非常に。

 公の場で目頭が熱くなる。鉄次郎は口を引き締め、必死に涙を耐えた。


「鉄次郎さん。それは真ですか!」

「いえ……気付いたら草原にいただけなので、私にはさっぱり」

「気が付いたら、草原……」


 フォルドが腕を組み考える。すぐに顔を上げ、手を叩いた。


「それでは、鉄次郎さんの家を用意しますので、原因が分かるまでそちらに住まわれてはどうでしょう。シルアのお礼もしたいですし」

「そ、それはあまりにももったいないお言葉で」


 家を用意だなんて、シルアの提案よりもすごいことになってしまった。鉄次郎は恐縮するが、フォルドがぐいぐい来るため、無下にも出来ずついには頷いてしまった。


「よかったです。ではすぐ準備に取り掛かりますね」

「有難う御座います」


 にこにこ満足そうにフォルドが帰っていく。その足が一瞬止まった。


「それはそうと、シルア、今日の分サボっただろう。明日三倍やるように」

「うほぉぉ……しょ、承知しました」

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