異人

 シルアがため息を吐きつつ、ミングに乗る。鉄次郎もそれに倣った。


「おお、柔らかく、ほんのり温かい」

「快適でしょ~」

「うむ」


 このまま寝転んで昼寝をしたくなるくらい快適だ。広さもちょうど良い。


「このミングというのは、一家に一台あるものかい?」


 科学が進んだ現代でもここまでの乗り物は無かった。広く普及している物ならば是非鉄次郎も購入したい。


「う~ん。空をぴゅんぴゅん飛んでるのは見ないから、そんなにないのかも。私ももらいものだからよく分からないんですよね」

「なるほど」


 では野菜のように商店に行ってすぐ購入とはいかなさそうだ。その前にこの世界の通貨も持っていない。


「しまった」


 そうだ。突然謎の世界に飛ばされてしまったのだから、鉄次郎は家も、金も、日用品も何も持っていない。いったいこれからどう生活したらいいのか。困った鉄次郎の顔をシルアが覗く。


「どうしたんですか? また持病?」

「いや、お恥ずかしいことに、実は生活する術を持っていなくて。じじいがボケたと思われても仕方ないのだが、実は住んでいた場所からこの国にいきなり飛ばされてしまったようで」


 自分で言っていて自信が無くなってきた。

 やはり認知的な何かか。肝臓が死んでも頭だけは丈夫だと思っていたのに。ちゃんと健康診断も毎年受けていたのに。すると、何故かシルアが目を輝かせた。


「もしかして、おじいさんは異人いびとですか!?」

「異人、とは?」

「異世界からやってきた人々の総称です! やった~~~~! すごい人に出会っちゃった!」


 ミングの上に立ち、くるくる踊り出すシルア。全く理解が追い付かないが、とりあえず歓迎してくれていることは分かったのでよしとした。


「身分の証明出来ない人間を受け入れてくれるとは、実に懐の深い。誠に感謝する」


 正座をして頭を下げる。シルアも慌てた様子でお辞儀した。


「こちらこそ、助けて頂き有難う御座います。そして異人と出会えたことに感謝します。と、いうわけで、余計家族に紹介せねばならなくなりました! もし行く当てがないなら、是非うちにいらしてください! 余っている部屋もありますし!」

「いやいや、急に見知らぬ人間を連れては、親御さんもびっくりなさるだろう」


 有難い申し出だが、はいそうですかと甘んじてはシルアの家族に迷惑がかかる。あちら側としては鉄次郎が命の恩人となるわけだから、難しい要求でも断りにくくなってしまう。


「ええッ路頭に迷ってしまいますよ!」

「うわああ……」

「来てくださいよ~ッ」


 服を引っ張られ、がくがく揺さぶられる。この感じ、あれに似ている。孫がまだ小さかった頃、おもちゃ売り場で欲しい物があって駄々をこねられた、あれに。


──十六歳と言っていたか。優夏とそんなに変わらないのだな。


 十二歳と十六歳では四歳差があるのだが、鉄次郎にとっては四歳など誤差も誤差。一年なんて気が付いたら過ぎているし、一日なんて欠伸をしたら終わっている。であるから、四年は先週くらいの認識だ。


 孫と同じくらいだと思うと、この一生懸命鉄次郎を誘おうとする人間が愛おしくなってきた。テレビで初めてのダンスを間違えながらぎこちなく踊る幼稚園児を観て泣いてしまうのと同義だ。


「ううん。しかし、初めての方々に負担をかけるのはあまりしたくない」

「なら! 私の家族が喜んでいたらいいってことですね!」

「まあ……うむ、本心から言ってくださるなら……」


 やはりじじいは孫に弱い。孫ではないけれども孫に近いので弱かった。シルアの拘束がやっと解ける。


「やった! 言質取った!」

「子どもながらにやり手だ……」


 これは将来大物になる。鉄次郎は感心した。




 言っていた通り、程なくして街が見えた。想像以上に立派な街だ。街というより、王都と言った方が正しいかもしれない。奥の方に城らしきものまで見えてきた。


「良い街だ」

「でしょ!」


 自分が住む街が褒められて嬉しいらしい。頭を思い切り撫で回したくなるのを寸でで我慢する。いくら孫みたいでも他人だ。距離を間違えてはいけない。


「どうしたんですか?」


 右手を浮かせて震える鉄次郎に問いかける。我慢はしたが、右手を引っ込めるまでは出来なかったのだ。


「シルアさんが可愛いことを言うので頭を撫でたくなったのだ」


 それにシルアが首を傾げる。


「撫でてもいいですよ?」

「……いいのか?」


 思いがけず許可をもらってしまった。鉄次郎が咳払いをする。


「こほん。ありがとう。では、撫でさせて頂く」

「あはは。面白いおじいちゃん」


 シルアの言葉に甘えて、鉄次郎は心ゆくまで撫でさせてもらった。

 ひとしきり満足したところで、ミングがゆっくり降下した。どうやら着いたらしい。どんな家だろうか。見上げて鉄次郎が口を大きく開けた。


「ここはお城か……!」

「うん。私のお家です」

「では、君は皇女……かな?」

「いちおう皇女です! 兄妹いっぱいだから、第四皇女だけどね」


 とんでもない人物を助けたのかもしれない。鉄次郎はシルアに手を引かれるままに城へ入っていった。

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