とにかく嫌われたくないんです

 少女が鉄次郎の腕を引っ張る。


「本当に有難う御座います! さあ、今度こそ今のうちに遠くへ行きましょ」

「そうだな」


 ようやく二人で歩き出す。万が一また何かが出現しても、鉄次郎さえいれば大丈夫と少女は安心した。


「私はシルアです。貴方の名前は?」

「岡村鉄次郎だ。きちんと挨拶出来てイイコだね」

「だから赤ちゃんじゃないんですけど」

「そうか、失礼した。立派なお子さんだ」

「もうそれでいいです」


 赤子から子どもならだいぶ進歩だ。十六歳では、実際まだまだ子ども。シルアは譲歩することにした。


「さて、シルアさんの住むところはどこかな?」


 どこと聞いたところで、何を言われても理解出来ないことは分かっているが、情報は得ていて損はない。


「ソードフルです」

「ソードフルか」

「ここからミングで十分くらい……ってああ! 最初からミングで帰ればよかったんだ! 私のバカバカ!」


 ミングとはなんだろうか。鉄次郎が問うと驚かれたが、この世界に迷い込んだのがついさっきなので許してほしい。


「ミングは絨毯みたいなわたあめで、記録した場所まで自動操縦で行ってくれる魔法具です。私の家を登録しているので、迷った段階で使って帰ればゴブリンに会わなかったのに」

「なるほど、便利な道具があるものだ」

「おじいさんにも迷惑かけてごめんなさい」

「なに、いいさ。若者は何事も前向きに元気でいてくれたら、年寄りは嬉しいよ。失敗したらまたじじいが手助けしよう」

「お、おじいさぁぁん!」


 あまりの包容力に、シルアが鉄次郎に抱き着いた。鉄次郎は新たな孫が出来た気がして豪快に笑った。


「じゃあ帰りましょ。私の家族に鉄さんのこと紹介させて」

「鉄さんか。はっはっは」

「よ~し、ミングちゃ~ん出ておいで~」


 シルアがポケットから小さな袋を取り出し、縛っていた紐を解いて呼びかけた。袋の中からピンク色の煙が湧き出てくる。

 程なくして、一畳程のもこもこした絨毯が現れた。彼女の言った通り、見た目はわあめのようだ。四角く平べったいわたあめは奇妙だが可愛らしく、鉄次郎は孫に見せたいと思った。


 孫は今どうしているだろう。家に鉄次郎がいなくて心配しているだろうか。もし約束を破ったとして怒っていたら鉄次郎の精神が死ぬ。今すぐ死ぬ。


「うう……」

「どうしたの鉄さん!」

「持病の癪が」

「持病!? 持病持ちなの!?」


 心臓を押さえた鉄次郎をシルアが心配して声をかける。鉄次郎は汗ばむ額を拭って答えた。


「孫のことを思うと、こうして心の臓が痛んで」

「なんだじじバカか」

「じじバカです」

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