第33話 シャルルの事情 ⑩
僕は思わず姉さまから目を反らした。
『アリシア=ヘイストンは美しい』
それと同時に不安も湧き上がる。
この潔さは美し
姉さまに言うと余計な心配をさせるので敢えては言っていないが、ダニエラ嬢の事はさておき、僕にはデヴィッドから聞いた兄のレオナルド=フィリプスの糞の様な行動原理は良く分かる。
侯爵令嬢で鋼のメンタルの姉さまには今ひとつ効果的には響いていない様だが、エリー嬢の取り巻きに命じて姉さまの学用品を隠したり盗ませたりする辺り、やる事が悪質で周到だ。
気が弱い爵位の低い令嬢なら、既に大きなダメージを受けていてもおかしくはない。
更に兄のレオナルドの狡猾な所は、妹のエリー嬢には直接の手を汚させない事にある。
そして言質を取られる心配から、取り巻きの令嬢達にもまた
ただし、自分にお熱な令嬢達に対し
『エリーが試験に負けるかもしれないと思うと心配だ』とか、
『アリシア=ヘイストンがほんの少しでも困ればいいのに』とか
『試験をコケてくれれば助かるな』
位はきっと
世間知らずの令嬢達はレオナルドに気に入られたくて、喜んで姉さまを虐めるだろう。
レオナルド=フィリプスの考える事は分かりやすい。
僕も同じ様な手を良く使うから。
++++++
「これだけは姉さまに言っておくけれど、十中八九…エリー嬢にはセコンドみたいにお兄様がついている筈だよ」
僕は自分の声が低くなるのを感じながらも
『自分一人で必ず勝ってみせるわ』
と決意を浮かべる姉さまの顔をじっと見下ろして言った。
「姉さま…ヘイストンの名を掛けて勝負するなら、覚悟しなきゃいけないよ。どんな手を使っても…ライバルになるフィリプス家に負けるわけにはいかないんだから」
試験の前に姉さまに何か起これば、現在喧嘩進行形のエリー嬢がまず真っ先に疑われる。
また、政界でも双璧を為すヘイストン侯爵家の姉さまに自ら
簡単な事だ。
直接姉さまに手が出せないなら、試験の前から終わる迄周りからありとあらゆるプレッシャーをかけ続けるだけだ。
「分かっているわ。勉強の仕上がりも上々だし…ダンスの練習もイイ感じに仕上がってきているから、そんなエリーのお兄様の出る幕なんてない筈よ。大丈夫よ。心配しないで、シャルル」
どこまでレオナルドの事を把握しているかは分からないが、姉さまは心得ているという風に力強く頷いた。
++++++
僕はドサリと姉さまのベッドに腰かけて俯き、大きくため息をついた。
姉さまの言葉とは反対に自分の中で不安が大きくなっていく。
陰鬱な気分を変える様に僕は姉さまに尋ねた。
「…そう言えば、ダンスの練習の相手って誰?僕の知ってる奴?」
「ええと…イーサン=レガートって男の子よ。シャルルと同じクラスの…」
「くそ…」
僕は小さく呟いた。
(あいつか)
僕のクラスを訪れた姉さまの事を見て『可愛らしい』と騒いでいた奴らのひとりだ。
(ダンスどころかデートにまで図々しく誘いやがって。あいつ…試験が終わったら見てろよ)
僕が心の中で密に悪態をついていると、いつ間にか僕の隣にちょこんと腰掛けていた姉さまが僕に尋ねた。
「ねぇ今…くそって言った?イーサン君はクラスメイトじゃないの?」
「クラスメイトだよ…一応ね」
僕は姉さまに適当な感じで答えながら、ふと姉さまのベッドの枕元を見た。
+++++
そこも相変わらず本が散らかっている。
けれど――小さい頃とは違っているのは、怪し気な『世界の拷問器具について』『世界のトイレ事情・トイレ大百科』などでは無くて、時折メイド達が隠れて読んでいる様な『恋愛ロマンス小説』が数冊積み重なっているのだ。
「あれ?姉さま…これどうしたの?珍しいじゃない」
「あっ!それは…」
僕がそれを指摘した途端、珍しく姉さまが焦った顔をしていた。
「へえ、姉さまもこういうのを読む様になったんだね」
「か…借りただけよ、メ、メイドから。流行っているからって…」
最初メイドに借りて読ませて貰った時に『なんじゃこりゃ』と思ったから、この手の本の内容を僕は大体覚えている。
やたら見栄えの良い男(結構僕好みの男もいる)が表紙や挿絵に描いてあって、中身は大抵薄い内容の恋愛が綴られている。
『好きだ』『愛してる』『可愛い』『君は僕の物だ』『僕を愛してくれ』の安い愛の台詞をヒロインに繰り返すイケメンが都合よく颯爽と現れ、ページに制限がある為か、脈絡の無い話からの展開描写が急なのも特徴的だ。
「ふーん、女の子はこういうの好きだね…」
僕は手を伸ばしてその小説を三、四冊(ページ数の無い薄い本である)手に取った。
「…あっ!ダメッ!シャルル…ねえ、見ないでよ!」
姉さまは真っ赤になると、急に立ち上がって僕の取った小説を取り返そうとした。
普段からあっけらかんとして僕に対してもほぼフルオープンな姉さまだから、割と気にせず見せてくれると思っていたのだが――。
こんなに焦って必死になる姉さまの反応が珍しい。
何だか――なんと言うか…妙な気分になる。
「か、返して!シャルルっ…ねえ!」
「いいじゃない、ちょっと見せてよ…ん?」
僕は腕を高く挙げ、すり抜ける様に巧みに姉さまの手を避け、小説の表紙をちらと見てから妙な事に気付いた。
三冊ともシリーズ物ではない別の小説の筈だが、何だか似たような容姿の男が表紙になっていたのだ。
そこには――皆、癖毛の淡い金髪で仕立ての良い服を着た、育ちの良さそうな背の高いすらりとした美形の男が描いてある。
僕は眉を寄せた。
(
「イヤッ――お願い、返してっ…!シャルル!」
僕の持つ小説を取り返そうと必死で手を伸ばし、真っ赤に顔を染めた半泣きの姉さまを見た時――。
何てことだ。
背中がゾクゾクして、小さく息を吐いた自分が興奮していると自覚する。
それと同時に全身の皮膚がぞわっと逆立つ感覚に襲われた。
僕は――勃起した。
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