第22話 夜も仲良し&弟のヤキモチ

「ジョシュア様…わたしも…」


――言いかけたところで、舞っていた埃で鼻がムズムズしてきた。


「――ックシュンッ!」


慌てて手で押さえたが、この大事な場面で、盛大なクシャミをしてしまったのだ。


「ふぁ…ごめんなさい…ジョシュア様…」


一瞬あっけにとられた表情のジョシュア様だったが、直ぐに破顔一笑して


「…本当にきみは飽きない女性だ」

と言ってわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。


「――可愛いよ…アリシア」

そしてわたしの顔のすぐそばで囁いた。


「好きだ…結婚してくれ」


わたしは鼓動が激しくドキドキと鳴り、かぁっと頬に熱が帯びるのを感じた。


(これは…どう考えても――)


わたしもジョシュア様に恋してるみたい。


「はい…。あの…よろしく…お願いします」


あまりの恥ずかしさにごにょごにょと言っていると、ジョシュア様は優しくわたしを抱えて、ベッドのほうへお姫様抱きで連れて行ってくれた。


「シャルルが言っていた養子の件…本気で考えるなら頑張らないとね」


いたずらっぽく笑うジョシュア様は、びっくりしてしまうくらい艶っぽかった。


「は…はい。ジョシュア様…」

思わずわたしの声が震えてしまう。


ジョシュア様の指がわたしの唇をゆっくりとなぞってから、寝間着の帯のほうに下りるのが見えた。


滑らかな布がしゅる…と音を立てる。


そのままジョシュア様はわたしの腕を優しく持ち上げて、自身の頸の後ろに回させた。


まだたくさんの問題が山積しているけれど、今夜くらいはすべて忘れたい。


ジョシュア様の唇の熱さが、わたしの唇に降って来て――。


低い声がわたしの耳朶を甘くくすぐった。


「…もうきみをヘイストン家に返さない」


――わたしは返事の代わりに目を閉じた。


++++++++++++++++++


翌日の朝、わたしはジョシュア様と広間の方に向かった。


朝食の時間としては少し遅くなったが、ジョシュア様がわたしを気遣ってくれて、朝食を部屋に運ばせようかと提案してくださったほどである。


シャルルとデヴィッドはすでに朝食を食べ終えていたが、

――案の定シャルルはとても機嫌が悪かった。


わたしがジョシュア様と『仲良し』したのを直ぐに見抜いたらしい。


(そこの所の嗅覚が、女性並みに凄まじく敏感だと思う。シャルル曰く、姉さまは鈍すぎると言われるが)


「姉さま、どうして僕らの部屋が一つしか用意されてなかったの」

珍しくシャルルが文句を言いだした。


わたしがデイジーに準備するように伝えたのは、夫婦でも使える広さのベッドの置いてあるお部屋だった。


デヴィッドはいつものように黙っている。


まるで小さい頃のシャルルのようなストレートな言いぐさで、不貞腐れている表情だ。


わたしはそんなシャルルを見ながら、「小さい天使の弟シャルル」を思い出して、うふふと含み笑いをしてしまった。


「あら、いいじゃない。

どうせ普段は一人用を二つでお部屋の準備をお願いしているんでしょう?

ガタイのいい男二人が狭いひとり用のベッドにぎゅうぎゅうで眠るんじゃ可哀想と思った――姉心よ」


「大きなお世話なんだよ。

いつも、僕らの…その、事情を深読みするのは止めてくれ」


「そう、分かったわ。

じゃあどちらで寝てもいい様に、今度は広いお部屋を二つ準備しておくわね。それでいいでしょう?」


「いや。だからもう…普通の部屋でいいんだよ」


喧々諤々の言い合いを聞いていたジョシュア様は、わたし達をとりなす様に

「シャルル君――昨日の養子の件…一応考えてみる事にしたよ」


シャルルの動きがぴたりと止まる。


ジョシュア様をじいっと見ながら

「――それは本当ですか?殿下」

と注意深く聞いてきた。


「そうだよ。きみの姉君と話し合った結果、ここの領地の跡取りがきちんと決まったのを前提として、きみの所に養子に出しても良いという事になった」


ジョシュア様とわたしは顔を見合わせて頷き、微笑み合った。


「王都の学園で勉強しながら、そちらの邸宅に通って、相性を見て貰えればいいかと思う――ね、アリシア」


「はい。ジョシュア様」


一瞬苦々しい表情をしたシャルルだったが、わたし達の話を聞くと、

「じゃあ、王都に戻ってすぐにこの問題に取り掛かるよ」


そして、うっとりと想像する様に目線を泳がせた。


「お美しいジョシュア様と姉さまの子供…なんて愉しみなんだろう」

善は急げと言わんばかりの、すぐにでも飛び出していきそうな勢いだった。


そうしてその日の昼には、ゴージャスな侯爵家の大きな馬車2台に膨大な書類を積み上げ、ここの特産品とトリュフも詰めて帰っていった。


(ジャドー=エロイーズ特製ランチボックス付きである)


もちろん――シャルルは別れ際に、しつこい程のお別れのキスをわたしにしまくって、名残惜しそうではいたが。

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