第23話 後日談&わたし、めっちゃ幸せです!
ヘイストン侯爵は王宮の長い豪奢な廊下を歩いていた。
最近やっと跡継ぎ問題が片付き、それも含めてある方にご挨拶と報告する為である。
侯爵は重厚な造りの大きな黒塗りの扉の前で歩みを止めた。
護衛の騎士らがヘイストン侯爵の顔を確認し、頷き合うとコンコンと扉を叩き、
「ヘイストン侯が到着されました」
「そうか、入れ」
張りのある男の声がして扉が内側から開く。
そこに立っていたのは宰相オルト公爵とその向こうの黒塗りに金細工をあしらった造りの机に鎮座しているのは――王太子ヘンリー殿下だった。
40歳に手が届くというのに、若々しい外見で、黒と金で統一されたジャケットを纏う鍛えた体躯、凛々しく整った顔はすでに油断のならない雰囲気を放っている。
黒いくせ毛の髪と短い髭をしているが、鷹の様に鋭い眼光のオリーブの瞳は、ジョシュア王子と同じ色であった。
ヘンリーは王太子と言う立場ではあるが、すでに即位したかのように政治の中枢を握る人物でもあった。
ヘイストン侯爵は深く一礼し、
「リンドン領の調べは終了いたしました。引き続き他の領地も探って参りますが既にいくつか――同じような証拠が出始めております」
「そうか。ご苦労」
ヘンリーは、書類を弄びながら労いの言葉を言った。
「父上の脇の甘さから、隙間を狙うように蜜を吸い上げに来る輩が多すぎるな」
宰相オルト公爵は無言で頷いた。
「証拠が揃えば、一網打尽にできる。向こうに反撃する隙と時間は与えん」
それから、ヘンリー王子は少し表情を崩し、自分の手を組みながら質問した。
「我が弟ジョシュアは元気だったか?」
「はい。シャルルからの報告では、我が娘と上手くやっていけそうですな」
「ふふ…、しかし良かったのか?自分の娘を直接送り込むような真似をして」
王子は笑いながら、ヘイストン侯爵へと尋ねた。
「もともと娘は自立心が高く、何処ぞの貴族の妻に大人しく収まるタイプの性格ではありませんので」
帳簿も何もかも全て調べ上げると思っておりました――と侯爵は答えた。
「そうか。ジョシュアは優しいが、少し気の弱い所があるようだからな」
学園時代に遠巻きでちらりと見る機会があったが、王子というよりは、他の学生の中に完全に埋没しているような印象であった。
ヘイストン侯爵は頷いて答えた。
「…だからこそ、我が娘も心よく受け入れてくださったのでしょう」
「それにしても…そんな面白い娘なら、俺の所に輿入れしてもらっても良かったな。良い仕事もしてくれそうだ」
王太子の言葉に侯爵は曖昧な笑みを浮かべた。
――既に王子には正室の姫との間に、小さい王子が生まれている。
その他にも5人側室の貴族の姫君が続いていて、うち一人は妊娠中である。
女好きは父王程でなくても、やはり血筋のようである。
「ヘイストン侯爵。貴公の働き――忘れまいぞ」
ヘンリー王子が話を終了するように言った。
「ありがたきお言葉――」
王太子の言葉に侯爵は深々と頭を下げて礼をした。
そして、ヘイストン侯爵は黒と金に彩られた部屋を後にした。
++++++++++++++++++
「凄いわ。他の領地からの注文が沢山きております」
わたしはジョシュア様と一緒に注文書を確認した。
ジョシュア様の足元には、べったりと仔豚のコレットがまとわりついている――相変わらずの光景だ。
地の物が強いと宣伝したのが効を奏したのか、ワインや乳製品の注文が多く入ってきている。
領民――とくに豪農主や豪商人へきちんと税金を取り立てる通知を出し、3年前まで遡って、追徴課税の通知を出した当初は反発があったが、外注(他領地からの)を斡旋すると彼らの態度がいきなり軟化したのだった。
市場の拡大に領地が手を貸すとなれば、渋い顔を続けられるはずもない。
まさにアメとムチである。
「アリシアは商人の男に生まれるべきだったね。
一代でこの国で指折りの大富豪になれただろうに」
ジョシュア様がわたしをからかうように笑って言った。
「まあ…酷いですわ。そうしたらジョシュア様に出会えないですし、こんな素敵な授かりものにも会えないんですのよ?」
わたしは大分大きくなったお腹を擦りながら言った。
妊娠悪阻が落ちついたと共に食欲がもどり、デンバー老医師に体重増加を注意するように言われてしまった。
「そうだね…。
僕もこんなに素敵な女性が、人生にいないなんてもう耐えられそうにない」
「ジョシュア様…愛していますわ」
「僕もだよ…アリシア」
ジョシュア様の美しい瞳が少しずつ近づいて、わたしの唇にキスを落とす直前――。
「…あ!思い出しましたわ!」
わたしはジョシュア様の顔を見上げたまま、思い出した新しい計画についての話を切り出した。
「うちの周りに生えている苔ですけれど、異国では漢方として使われているですって…。凄いことですわ!ちょっと研究したいと思っていますの」
もしかすると、特産品として使えるかもしれませんわ
――と熱心に説明するわたしの顔をジョシュア様は一瞬、ぽかんとして見下ろしたけれど。
次の瞬間――。
「ああ…アリシア。やっぱりいつもきみは最高だよ」
コレットが足元で、ブヒッブヒッと抗議の声を上げる中――。
ジョシュア様はオリーブ色の瞳を輝かせて抱き寄せると、わたしの額に優しくキスをした。
――fin――
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