第19話 旦那様の正体は

バートンがこの領地に関する書類を一式ワゴンの上に積み上げて運んできた。


広間のテーブルにそれらを積み上げて、わたしとシャルルと二人で確認していく。


主に毎年、数回贈与される仕度金だけのチェックだが、同時に宝石や土地の権利なども含まれていて、意外に手間どる内容だった。


書類が積まれる横で、チェックされた項目の法律的問題がないかを、デヴィッドが確認する――という流れを約10年間分する――というのは、大変骨の折れる作業だった。


「――姉さま、ダメだ。ジョシュア様をすぐに呼んでくれ。

これは、殿下だけの問題ではないかもしれない」


シャルルが珍しくイライラした様に言った。

デヴィッドもその言葉に深く頷いている。


シャルルの言いたい事は、わたしでも良く分かる。


10年間で換算した合計の横領額がとんでもない金額になりそうなのだ。


しかも関わった担当の貴族がグループを作っているかの様に代わる代わる交代し、その内容は意図的、組織的に横領が計画されていることに間違いなかった。


これではジョシュア様達が毎年疑問の声を上げていても、その貴族らの中で上手くあしらわれて潰されていたに違いない。


王位継承権に近い王子や姫らの財産は、当侯爵家や他の『国庫の番人』らが必ずチェックして管理するが、その下に付く貴族らグループの仕業となると――。


一貴族の横領問題では済まないレベルだ。


なぜなら――この貴族らがグループで関わっている以上、他の継承権から遠い王子や姫達の財産にも手が及んでいる可能性があるからだ。


大がかりな調査が必要になるのは必須だった。


「あ…そうね。わ…分かったわ。

でもどちらにいらっしゃるか…」


「僕はここに居るよ――ヘイストン侯爵。初めまして、だね」

食堂の入口から声がした。


若い男性の声だった。


――思い出した。


それは以前、外でハッキリと喋っていた声。


コレットと共にいたらしい人物の声だ。


そして初めて会った時の寝室で聞いた、押さえたようなジョシュア様

に似た声の――。


+++++++++++++++++


食堂の入口を振り向いてわたしは思わず声をあげた。


「え――?」


そこに立っていたのは――。


折り目正しいトラウザーとドレスシャツを着用した気品のある立ち姿――


絵画の殉教者のようなすらりとした容姿の美しい青年――

オリバーだった。


デヴィッドが膝を折り曲げて優雅にお辞儀をする。

「…殿下――ご無沙汰しております。いかがお過ごしですか」


シャルルもついで流れるようなお辞儀をした。


(――ちょっと待って…

オリバーがジョシュア様…?)


――どうして気づかなかったんだろう。


きちんと考えれば符号する点が沢山あったのに。


(いや、でも…やっぱり一介の庭師と王子様が一緒だなんて誰も考えないだろう)


立ち尽くすわたしにジョシュア様は

「――済まない…アリシア。

…きみを騙すような形になってしまった」


わたしは驚きのあまり言葉も出なかった――なのに。


(どうして言ってくださらなかったんだろう…。

どうしてこんなことをされたの?)


――知らず知らずのうちに。

涙が出てわたしの頬を伝った。


シャルルはそんなわたしを見ていたけれど

「殿下…我が姉を泣かせた理由は――後ほどきちんと聞かせていただきましょう」

冷たい口調でジョシュア様に言った。


「今、優先すべきは…この横領問題についてです」

「分かった」

ジョシュア様はわたしを見つめてから頷いて、シャルルの隣の椅子に座った。


いつまでも涙が止まらないわたしは――デイジーが付き添って、寝室まで連れて行ってくれたのだった。


++++++++++++++++++


寝室のベッドで布団にくるまりながら、わたしはずっと泣きじゃくっていた――訳ではない。


この領地の不当な搾取は国からの財産分だけではないからだ。


ぐずぐずと鼻をすすりながら、領民からの税金がどうなっているのかを引き続き確認しなくては、と考えた。


わたしはデイジーにお願いして、領民からの納められた税金関係の書類を持って来てもらうように頼んだ。


暫くするとデイジーが書類の束をまたワゴンに載せて持ってきた。


(あら?…書類の所々に付箋が付いているのは何かしら?)


その書類を確認すると、その領民の税金についてもう一度確認するなどのメモが貼ってある。


そのメモは全てジョシュア様の文字だった。


わたしがそのメモを見つめていると、

デイジーは

「あの…ジョシュア様…ここ数日は、ほとんど徹夜で書類を見返していました。

…奥様にこれ以上負担をかけてはいけないと…」


言いにくそうに教えてくれたのだった。


「――そうだったのね…」


ジョシュア様はメモでも『身体は大丈夫か?』などと残してくれたり、右足首の捻挫の時は、わたしを気遣って下さる事が度々あった。


何故黙っていらっしゃったかわからないけれど。


ジョシュア様が後で戻って来られたら、その理由とか今回の結婚のことを。


(…お互いの考えや気持ちを話し合ってみよう)


――そう、わたしは決意した。


+++++++++++++++++++


(あ…)


いけない。

それと共に、もう一つ今日、やっておく事がある。


あの二人――シャルルとデイヴィッドは今日はもう帰るつもりが無いのは分かっている。


(…きっと、ここで食事をして泊まっていくわね)


「デイジー…ジャドー=エロイーズをわたしの部屋に呼んで。

それからお二人が泊まれるようにいそいでお部屋をつくって頂戴。

間違ってもお二人に粗相が無いようにね」


「あの…お部屋は二つでよろしいですかね」


デイジーの質問に

「――いいえ。広い一部屋でいいわ」


わたしは鼻を啜りながらも、女主人らしく彼女に命令したのだった。

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