第18話 悪女(弟ですが)の誘惑
どうやら凄まじい美形が2人現れたと、屋敷内でちょっとした騒ぎになっているらしい。
そこかしこからギャラリーが集まってきている。
食堂の窓から外でぴょこぴょこと動くのが見えているのは、新しく配属になったメイドらの頭だろう。
(あ…あの帽子は――)
オリバーの被っていた帽子も見え隠れしていた。
わたしはかあっと顔が紅潮するのが分かって窓の方を見つめていると
「――姉さま、聞いているかい?」
シャルルのわたしを注意する声が聞こえた。
「えっ…、ええ。聞いているわ」
「今回僕らが来た目的は二つ――」
シャルルはわたしに指を折って見せた。
「一つ目はジョシュア様への支度金の横領の件についてだね。
これは今からこの屋敷の書類を確認して行う。
――最終的には王家に出された領収書や収支の書類と見比べる事になるが。
これは『国庫の番人』であるヘイストンが扱うべき内容だ。
姉さまもこれは、いいね?」
わたしは大人しく頷いた。
「…勿論だわ」
「そして二つ目は――僕から愛する姉さまを奪ったジョシュア様のお顔を拝見する為だよ」
シャルルはあの寒気のする妖しい笑顔で言った。
「…ジョシュア様はお仕事が忙しくていらっしゃるのよ。
だから代わりにわたしが…」
「ここはジョシュア様の領地だろう。
ご本人がいらっしゃらなくては、お話にならないよ」
ごもっともなことを言われて、言葉に詰まってしまった。
わたしが下を向き唇を噛んで黙っていると、シャルルは歩いてきてわたしにぴたりとくっついた。
窓の外からキャーッと言う歓声が聞こえる。
「――姉さま…、まだジョシュア様の物になってないよね?」
そしてわたしの耳元で囁いた。
「今なら…まだ間に合う。ヘイストン家に戻っておいで」
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わたしはシャルルを見上げて、シャルルの造作の美しい瞳を真正面から見つめた。
わたしと同じ瞳の色だが、シャルルはそれをもっと淡くぼかした不思議な色だ。
「どういう意味?――戻ったら…わたしを屋敷に監禁でもするつもり?」
わたしはシャルルを肘でぐいぐい押しながら身体を離した。
「監禁だなんて人聞きの悪い…。僕の側にいて欲しいだけだよ」
「おえっ、止めてよ」
吐き気がするじゃないの、と思わず言い放ってしまった。
「…姉さま、行儀が悪いよ」
「あんた…度を越えたシスコンは、ただの変態よ。
前から言っているでしょ?
性癖に関しては(ここでちらりとデヴィッドを見たが)個人の自由だけど、わたしは巻き込まれたくないからあの屋敷を出たの」
「姉さまは…何故そんなに僕を嫌うのかな?…」
シャルルが少し悲しそうに言った。
わたしはきっぱりと言った。
「あんたの笑顔はときたま寒気がするけれど、あんた自身のことは愛してるわ。
大事な弟ですもの。小さい頃からずっとお世話もしてきたし」
シャルルはわたしをじいっと見つめていたけれど
「…姉さまが離れるのが嫌なんだよ――僕の半身なのに」
小さかった時のシャルルを思い出させるかの様に、項垂れている姿はとても悲し気で儚かった。
なにせシャルルは――胎内記憶があるらしい。
彼は一緒にお腹にいたわたしの存在を、分かっていたらしいのだ。
(ちなみにわたしは全く分からない。だって、それが普通でしょう?)
昔のようによしよしと背中を撫でて、
『大丈夫よ。側にいるわ』と慰めたくなってしまうが――ここは我慢だ。
(間違いなくシャルルの策略だから)
とわたしは冷静に分析していた。
シャルルはこの泣き落とし作戦で、数々の父の寵愛をモノにしている油断のならない悪
「残念だと思うけど…二人で分かれて生まれてしまった以上、別々の人生を送るしかないわね」
わたしはパンっと両手を合わせて叩き、空気を変えるように言った。
「取り敢えず早速確認して欲しいから…バートン、書類をお願いね」
「はっ…はい、畏まりました」
バートンの姿が慌てて広間から書類を取りに行く為に消えた。
先程の憂いを帯びた表情がすっかり消えたシャルルが、薄っすらと笑っている。
「――やっぱり姉さまには
「当り前でしょう?…何年あんたの姉をやっていると思うの」
わたしは腕を組んで、シャルルへ言い返したのだった。
「…すげー精神的攻防戦だな」
ジャドーがデヴィッドに小声で言った。
「まぁ、これがヘイストン家の日常風景だが」
デヴィッドが事も無げに言った言葉に
ジャドーは思わず自分が焼いたマドレーヌを口に放り込んで
「マジか…」
と呟いたのだった。
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