第14話 お城を立て直しましょう
翌日の朝、ベッドサイドテーブルを見ると昨日のピンクのバラではなく
今度はフリージアの花束が飾ってあった。
甘い――良い香りが部屋中を満たしている。
(昨夜の花の香りは…これね)
夜中に寝室に来てわたしの額にキスをしていったのは誰だろう――といっても、まあ普通ならジョシュア様しか考えられないが。
(それ以外なら、ちょっとしたサスペンスになってしまうわよ)
また今回もカードが添えられていて、走り書きで以下の内容が簡潔に書いてあった。
『おはよう。バートンに足首の件も聞いた。
昨日は大変だったようだが、今朝の気分はどうだろうか?
オリバーのことは、きみが嫌じゃなければ手を借りるといい』
初日に比べたら大分文章が長い――うん、いい傾向だわ、とわたしは思った。
来た時こそすれ、この結婚がダメなら離婚しよう――と思っていたが、この『苔城』の人達が皆いい人過ぎるのと、ジョシュア様の環境の不憫さで、離婚を今簡単に考えるのは保留にしようかな――とさえ思い始めていたのだ。
(少なくともこの城に住む人の不遇さを、少しでも改善してから去りたいわ)
弟シャルルの『人が良すぎる』の言葉が頭に過ったけれども。
とりあえず、半年…いや三ヶ月だけでも粘りたいところだったから、ジョシュア様のカードに書かれるメッセージの長さは、少しは希望の持てる事象の一つだった。
+++++++++++++++++
起き上がってベルを鳴らすと、デイジーがやって来て、身支度の手伝いをしてくれる。
昨日よりは右足首の痛みと腫れも治まってきているようだった。
「――しばらくの間は、お部屋で過ごされることになりますね」
と髪にリボンを付けながらデイジーが言う。
「え?どうして?」
なぜ部屋に閉じこもらねばならないのかが分からない。
「――だって先生から安静のご指示が…」
「足の安静でしょ?自分で歩かなければいいんでしょ?」
口をぽかんと開けてデイジーはわたしを見つめていた。
「それはそうですけれど…」
「うんうん、そうでしょ?…だから、移動はオリバーに手伝ってもらうからいいわ。でも彼も業務があるでしょうから、これからバートンを部屋に呼んでもらいたいの。従業員採用の進展具合と、良ければ面談の日程も決めておきたいから」
わたしはデイジーにそう一気に言うとグーッと鳴り始めた自分のお腹を擦った。
「じゃあ、朝食にしましょう。お腹が空いちゃったわ」
+++++++++++++++++
バートンは非常に優秀で、お給金がいいからと既に何人からか打診があった就職希望者から、一通りの簡単な聞き取り調査をして終えていたらしい。
「じゃあ、この子とこの子、それからこの少し年配の方も面談して良ければ採用しましょう。後、庭師は真面目そうなこの二人、コックの履歴書は…あ、コック長は読み書き出来るの?」
わたしは朝食のオムレツをパクパクと口に入れて片付けながらバートンへ訊いた。
エシャロットと角切りトマト、チーズが入っているようだ。
「はい。出来ます」
「この屋敷の識字率は素晴らしいわ。コックなのに…」
「いえ…彼は特殊でして――それよりも、奥様」
わたしの顔を見ながらバートンが呟いた。
「そんな…書類をお読みになりながら、お食べにならずとも…」
「あ、そうね。ヘイストン家での癖が出ちゃったわ、ごめんなさい。
――テーブルマナーが悪かった?」
「いえ。…そういう事では無く…なぜそんなに慣れていらっしゃるのか…」
「…ええ。マナーは完璧でお美しゅうございますが…」
デイジーとバートンが同時に言ったのけれど…何が言いたいんだろう?
ヘイストン侯爵家では朝食のテーブルの上に数部の新聞と、膨大なヘイストン侯爵領の収支の書類が並べられる。
――勿論シャルルの方にも同じように並べられていた。
これは跡取り競争の課題の一つでもあったから。
(悔しいかな…シャルルのほうが書類が多いにも関わらず、早く終わっていたのだけれど)
一瞬でそれを見つつ、となりに控える秘書に問題点を指摘していく――という行為を何年かやっていたわたしにとって
(朝食の席で履歴書を確認するのは朝飯前なんだけどな)
――と思いつつ、異星人を見るようなバートンの視線を感じてしまったので
(結婚したら自重すべきかしらね…郷に入っては郷に従えって言うし)
とも思ったのだった。
+++++++++++++++++
面談の日程を整えて貰うと、わたしはジョシュア様が頂いている王宮からの送金の書類を、もう一度確認していった。
すでにヘイストン侯爵家に昨日遣いは送ったが、それまでに確認する事がまだあった。
そうこうしているうちに昼近くになると、椅子にキャスターをつけた車いすなるものをオリバーが持って来てくれた。
どうやら屋敷にあるものを使って、わざわざつくってくれたらしい。
(確かにずっと抱えて運ぶ訳にもいかないしね)
「座ってもらうと後ろから背もたれを押して移動できるそうです」
オリバーが書いたメモを見て、バートンが説明してくれる。
「ありがとう。オリバー、助かったわ」
これならデイジーにも押してもらえそうだったし、痛くないほうの足を使えばゆっくりだけど、自分で移動もできそうだ。
オリバーは美しい顔でにっこりと笑った。
後光が差すようなありがたい感じの微笑みだった。
思わず胸の前で指を切りたくなる。
救世主オリバーのお陰で、わたしは車いすに乗って部屋から出て、広間で昼食を無事食べる事ができたのだった。
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