第15話 脱税は許せません
そのまま2~3日は何事も無く過ぎた。
勿論――夜中にジョシュア様が寝室に来られて(多分だけど)明け方わたしの眠っている間に出て行かれるのも続いた。
(何故なら、ベッドには必ず横で眠っていた形跡がある)
いつの間にか境界線の枕が無くなっていたのは、良い兆候なんじゃないかなとも思った。
そして翌朝には、カードが置かれていて、部屋に毎日違ったいい香りのする花が生けられている。
鈍いわたしでも、そろそろこの花が誰からの贈り物なのかが分かった。
++++++++++++++++++
わたしは豪農家へ向かう短い坂道を、オリバーに負ぶってもらっていた。
今日はあの美味しいワインを出す農家に、直接税金の徴収を告げに行こうかと思っている。
どうやらこの領地――リンドン地方の税金徴収はいくつか穴があるようだ。
特に旧領主であるジョシュア様のお母様から、ジョシュア様に権利が移行した際の取り決めの不備があり、それはここが国王の私有地である以上、払うべき税金がきちんと払われていない事を示すものだった。
わたしが地図を見ながら売り上げ高を計算するだけで、いくつかの豪農や豪商が正規の税金を納めていない。
かなり脱税が横行している状態のようだ。
これではいつまでもあの城が潤わない状態が続くだろうな…と思う。
(どうにかしなくちゃ…)
農家との手紙のやり取りではまだるっこしいと思ったわたしは、直接対決するべくやって来たのだ。
++++++++++++++++++
ワイン農家への坂道自体は馬車が入れるのだが、この立派な葡萄園をきちんと確認したかったので敢えてオリバーには歩いてもらった。
横に荷物を持ったデイジーが続く。
わたしはブドウ畑を見まわしながら、
「ね。オリバーでしょ?」
わたしはオリバーに尋ねた。
「……?」
オリバーは少し後ろを向きながら、頸を横に傾げた。
何を言っているのか分からないといった表情だ。
「どうしました?奥様。何がオリバーなんですか?」
かえってデイジーに尋ねられてしまった。
(嫌だわ…。主語が抜けちゃった)
「だからね?…お部屋のお花よ。あれは…オリバーよね?」
その質問をした途端、オリバーの歩みがぴたりと止まった。
足が止まってしまったオリバーとわたしの顔を、デイジーが何度も見比べている。
「あの…あの…」
明らかにデイジーが戸惑っていてオロオロしていた。
(え…わたし何か間違ったことを言った?)
あのお花はジョシュア様からじゃなかったのかしら?
わたしの勘違いだったの?
「え…違うの?
オリバーがジョシュア様に言われて、温室の花を持って来てくれているんじゃなかったの?」
わたしはずっと、オリバーがジョシュア様から命令されて運んだお花を、デイジーが活けてくれていたと思っていたのだ。
そう恐る恐る二人に訊くと、オリバーは暫くしてから前を向いたまま、こくんと頷いた。
デイジーもつかえつかえに
「そ…そうです――旦那様のご命令で…オ、オリバーが持って来てくれているんです…」
「そうよね」
わたしは頷いたが、デイジーが最後はモゴモゴしていて、何を言っているのかを聞き取れなかった。
++++++++++++++++++
「そんな…今更税金払えって言われたって。
ちゃんと税金を払えていないという証拠はあるんですかい?」
ブドウ畑を統括し、管理している腹のせり出した中年の男は、わたしの予想通りにそう言った。
ジョシュア様の遣いだと言うと、しばらくしてから家の中に通されたのだが、農家とは思えないほど広い家と庭、華美で贅沢な調度品に溢れかえっている。
個人的な好みをどうこう言うつもりはないが、ハッキリ言ってわたしの趣味では無い。
わたしが玄関に飾られた壁掛けの大きな絵画を見て、
「――ご立派な…素晴らしい絵ですわね」
と言うと、男はにまっと笑って
「これは大変貴重な品でしてな…、手に入れるのに大変苦労いたしましたよ」
と自慢話が始まる。
わたしは適当に話を右から左に受け流していたが、男がリラックスし始めたところで口調を改めて
「実は、残念なお話ですわ…あなた方ワイン農家からジョシュア様にきちんとした税金が納められていないようです」
と話し始めた。
そしてあの『証拠はあるんですかい?』につながるのだが、わたしはデイジーに声をかけて書類を出してもらった。
これはわたしの目算上のものなのだが、いままでのヘイストンで培った知識で、ブドウ畑の広さ(これは地図で事前に確認ずみ)と大体の原価を出してある。
ワインの出来具合を市場価格を考えながら、割り出して算出した売値と、大体の出荷量――を合わせて換算した合計の売り上げの算出をする。
そして諸々の緒経費(人件費)も大体含めて書いた計算表を中年男の前に差し出した。
「畑も見させていただきましたが、いい葡萄が生っていますわね…ここ数年は気候も安定しているから収穫量も安定しているでしょう」
資料が揃えば、もっと細かく値段は出るだろうがそれでも当家に入る税金とワイン農家の売り上げが釣り合っていないのは一目瞭然だった。
「後ほどきちんとした帳簿を持って城の方に来てくださいな。
あ、最低でもここ3年の追徴課税はお覚悟くださいね」
わたしがにっこりと笑ってみせると、男が卓を叩きキレ始めてしまった。
そして威圧するように大声で怒鳴り始めた。
「調子に乗るな!女の分際で…!そもそもお前は一体何なんだ!」
デイジーは男の怒鳴り声に怯えて後ろに下がってしまった。
隣で大人しく話を聞いていたオリバーがスッと立ち上がった。
それを手で制して――。
「わたしはジョシュア様の妻ですわ」
と男に堂々と告げた。
そして
「…あなたも聞いた事くらいはありませんこと?
わたくしはお金を搾り取る悪魔で(悪)名高いヘイストン侯爵家から嫁いで参りましたのよ。…ですから逃げられないと覚った方がいいですわ。
これ以上の抵抗すると、ヘイストンの悪魔もやってきて…貴方を骨の髄まで吸い取るでしょうから」
――後ろでデイジーがひきつった声を出した。
どうやら、ヘイストン家の『悪魔の笑い』と言われる笑顔をわたしが男に見せたから――のようだった。
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