第3話 苔城へようこそ

 わたしはため息をついて、目の前に広がる苔に覆われた城を見上げた。

「--うーわ…」


「苔屋敷や…」

一面…苔、苔、苔である。


一面花が咲き乱れる庭や城なら今までに

何度も見た事がある。


しかしながら緑色の苔に浸食された苔の城なんて見た事が無い。


しかし感心したのは、それが綺麗に生えそろっていて、じめっとしたところに生えるキノコの隙間があまり無い事だ。


(へええ…でも、放置とか不潔とかって事では無さそう)


苔の生える地面は勿論、落ちる葉も綺麗に片付けられている。


樹々も、一応は手入れはしてあるようだ。


(んん…でも何だかなあ。

使用人もいないのかなあ)


正門を過ぎ大分馬車を走らせているにも関わらず、全く使用人の姿が無い。


そのままエントランスに到着すると、執事らしい背の高い老人とメイドが1人立っていたが、2人以外の姿が見えない。


(ちょっと…肝心の旦那様の姿がないんじゃない?)


まさか、あの執事らしき老紳士が旦那様じゃないよね?


――とても23歳には見えないが。


御者が馬車を止め、扉が開くと執事風の男性がエスコートして、タラップを降りるのを手伝ってくれたが、やっぱり王子らしき男性の姿は無かった。


「初めまして。奥様。私、執事のバートンと申します。

何かありましたらご遠慮なく御申しつけください」


わたしは頷いて

「よろしくお願いしますわ」


返答しながら、ジョシュア様――夫となる男性の姿を捜したが、見当たらない。


(一体どこにいらっしゃるの?)


わたしはただ一人、苔むした大きな屋敷の前でぽつんと佇む事になった。


というのは大げさだが、

屋敷のエントランスにいるのは執事バートン、メイド1人(若い女性)、

あと少しはずれで立っているのが庭師らしきツナギと帽子を被った若い男性とおじさんだけだった。


旦那様の姿らしきものは未だ無い。


(あらら…?会っても無い旦那様に嫌われた?)


今後の事を考えると頭が痛くなりそうだった。


++++++++++++++++++


「うむむ…」


わたしは腕を組んで唸っていた。


(旦那様になるお方が出てこないって…一体どういう事?)


余程わたしがお気に召さないという事なのだろうか?


(もしかすると結婚自体が気に食わないって事もあり得るわね)


でも、まあ仕方が無い。


(今のところ他に行くアテも無いんだから)


もし旦那様が帰ってきたら、その時点で今後結婚生活を続けるか離縁するかは相談すればいい。


旦那様になる第13王子様には全く申し訳ないと思うが、こちらも全く情報無しでやって来たから、王子様側に文句は言えない。


(今のところ結婚生活に興味がないのは、こちらも同様だったからお互い様よね)


そうそう――取り敢えず屋敷の方々には愛想良くしておこう。


(何事も…まずは挨拶からよ。くれぐれも愛想良くね、アリシア)

と自分自身に喝を入れる。


「はじめまして。

ヘイストン侯爵家から嫁いで参りましたアリシアと申します。

どうぞよろしくお願いいたします」


完璧なカーテシ―をして見せた。


すると、何故か執事さんとメイド――そして奥まった所に立っている、

庭師らしい二人組までもがパチパチと拍手をしている。


そして何故か彼らの足元にはちいさな子豚もいて、小さく鳴いていた。


「いやあ…優雅ですなぁ…貴婦人のお辞儀を久しぶりに見ました」


バートンがあまりにもしみじみと言うので


「――はあ…そうですか?…」


バカにされた(?)にしては間抜けな返しをしてしまったが、どうやらその表情から、本当にそう思っているようだ。


取り敢えず荷物を屋敷内に運んでもらえることになった。


「ではデイジー、オリバー…荷物を持って部屋まで一緒に頼む」


執事バートンは若いメイドと庭師の青年に声をかけた。

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