第4話 旦那様はどこに

「お荷物はこれだけですか?…あ、すみません」

わたしは頷いた。


侯爵家の子女の荷物としては極端に少ない事は自覚している。

付き添いのメイドも居ない。


(実家のメイドは全てシャルルの密偵ばかりだったので、ぶっちゃけ信用できないのだ)


腹心がいないのは、情報戦の成れの果ての姿なのである。


装身具やドレスの数点と動きやすい普段着のドレスと靴以外は売り払い、

わたしの私財にして、

この街の投資ブローカーに幾何か預け、残りは銀行に貯金にしている。


何かあった時にすぐに使える現金や財産が無いと困ると思ったからである。


これまたぶっちゃけだが、

新しい宝石やドレスは欲しければ、

ヘイストン家から莫大な持参金を渡す旦那様に必要時に買ってもらえればいいとさえ思っていた。


そう思っていたのだが、しかし――。


(…あんまり余裕がある財政事情ではないらしいわね)


この苔屋敷と使用人の少なさを見れば分かるというものだ。


自分としては元々贅沢な生活環境にいたが、それを好んでいるわけでは無いし、

お城や王宮のパーティに出ていたのは、今後後継者としての付き合いに

必要になると考えていたからであって――。


もう勝負には負けたのだから、

付き合いに余計な気遣いをしなくていいなら


――まあ、それでいいのかもしれない、とわたしは考える事にした。


わたしの荷物を執事とメイドと

麦わら帽子でツナギを着た庭師らしき青年が持ってくれた。


「ありがとう…悪いわね」

と言うと、メイドはにっこりとした。


「いいえ。どうぞお気遣い無く。

デイジーと申します、よろしくお願いいたします」


それと同時に庭師の青年は帽子を被ったままペコリと頭を下げて、

両手に荷物を持ったまま、モジモジと居心地が悪そうだった。


「すみません…。…彼は喋れないのです」


バートンはわたしに彼はオリバーだと紹介した。


執事が説明してくれたので、わたしは彼に笑いかけた。


「そうなのね…。ごめんなさいオリバー、いいのよ、無理しないで」


庭師の青年はわたしに恐縮してか、何度もお辞儀をしていた。


「彼は手話は使えるのかしら?」

とバートンに尋ねると、暫く青年を見つめたまま


「…いえ、彼は筆談できますので」

「そう、読み書きができるなんて優秀なのね」

「―――…」


執事が黙ってしまったので、

何かいけない事を言ってしまったのかと心配になったが、

どのあたりが悪かったのかさっぱり分からない。


「あの…?わたくし何か…」

(変なこと言ったかしら?)



「…アリシア様はご令嬢なのに手話がおできになるのですか?」


「あ――ええ。

以前、街のそのような施設を見てまわったりした事があったのよ。

その…読み書きができない方でも手話が出来ると聞いて、勉強をしたの。

少しだけどね」

「そうでいらっしゃいましたか…」


わたしの言葉に、バートン執事は何度も感心ですなあと頷いていた。


++++++++++++++++++



わたしは13王子様の亡くなられたお母さまが使っていたというお部屋に案内された。


一緒に付き添って、部屋に案内してくれたバートンに早速旦那様――ジョシュア様の事を訊いてみる。


「お仕事か何かでお忙しいとは思うのですが、旦那さまに是非ご挨拶をさせていただきたいのです」


「旦那様にはお伝えしました。

ただ今は非常に忙しくて、お会いする事が出来ないと仰っていました」


「そうですか…」

(じゃあ…いつならお会いできるんだろう?)


「こちらを夫婦の寝室にしたいと仰られたので、仕事が終わった夜中でしたら訪ねてこられるかもしれません」


「そうですか…分かりました」


後ろの天蓋付きベッドをちらっと見ると、確かにひとりで眠るにしては大きいサイズ感だ。


いきなり寝室に初対面の夫が突撃してくるのもいかがなものか――?とは思うが、淑女たるもの感情を簡単に顔に出してはいけない。


わたしの表情を見逃すまいとする執事の様子を見て、旦那様が一体何を考えているのか分からなくなってしまった。

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