マスティマ墜ちる
マスティマが全貌を表した。
「ふう。おれの目指しているものは、この世界の支配などではないわ」
するとマスティマは人差し指を高々と上に向けた。
「天へ……」
するとピリアが気づく。
「天とは……天界の支配を目論むか!」
「その通り。狙うはゼウスの首一つ!」
怒鳴るピリア。
「お主はまだ自らの力を見誤まっておるのか」
「おれは地獄に落ちて、逆に更なる力を得た。いまならゼウスと対等よ。ゼウスはなぜゼウスなのか。地獄にいる間考え続けた。そして結論を得た。それは信頼する仲間の神々の存在だ。その信認を得ているから奴は強い。ではその信頼に対抗するにはどうするか。それは恐怖しかない。恐怖と服従を植え付けた一万の悪魔と共に再度ゼウスに挑む。一万の悪魔の力をおれに集約させればゼウスなどひとたまりもないわ。そのためにこのサーバーとやらを作らせた。人間に永遠の幸福と快楽を与え続けるために。おれがこの幸福を取り上げると宣言したら皆どうしたと思う?悪魔になってもいいから快楽を得たいと全員が賛同した。一万人全員がだ。一人残らずだそ。なんと弱く、あわれな生き物だと思った。それからおれの魂の欠片を与え続けた。人間は悪魔に変貌をとげ、おれはこやつらと共にこれから天界に行く。そして最高神に上り詰めたらゼウスとその家来を皆地獄に叩き落としてやる!」
ピリアが首を振る。
「浅いのう……浅い。信頼に変わるものが恐怖と服従とは。お主は何にも分かっておらん」
「うるさいぞ、爺ぃ!なにが分かっていないというんだ!」
ピリアが叫ぶ。
「恐怖で服従させられた者たちは、少しでもお主が不利になれば一気に寝返る。信頼がないからじゃ。逆に信頼を一身に受けた者は不利になると仲間から更なる力を与えられる。そのような勝負ははなから結果が見えている。お主は必敗する!」
「なにー!これでも食らえ!」
一人の悪魔がサーバーから飛び出し、なんとサキヤに取りついた。サキヤがうつむく。
「ここはどこだー。はっ!この二人はおれを倒した奴ら。成敗してくれるわ!」
ジャンが気づく。
「その悪魔は……リーガル!」
「うーむ。ごちゃごちゃしてきたのう。仕方ない」
ピリアがなにか念じる。
「スティペンディウム!」
悪魔たちが三人から離れサーバーに戻る。
それを見たマスティマはからだに手を突っ込み、二本の大剣を取り出す。
ピリアが唱える。
「スクートゥム!」
ジャンとバームに盾の魔法をかける。
サキヤは眠りから醒めたように首を振ると、マスティマに向かって飛び出した。
「うおーーー!」
「かような小僧におれがやられるとでも……」
サキヤの剣が腹に突き刺さる。
「うぇ?」
カーンとその剣を弾くマスティマ。
用心深く大剣を振り下ろしながら「フレア」と叫ぶ。しかしそのどちらも金の盾が防ぐ。
右、左と大剣を振るうマスティマ。しかしサキヤにスキはない。
「えーい。こうならばこの手だ。い出よ!」
悪魔が一斉に二十人ほど出現する。そしてサキヤを取り囲み、それぞれが「クレピタス!」と攻撃を仕掛けてきた。
サキヤを中心に大爆発が起きる。
「サキヤー!」
ジャンが叫ぶ!
煙が舞い散る。しかしサキヤには傷一つついてはいない。
ピリアがニコニコしながら言う。
「それが金の盾の本当の力よ。別に盾を打ち付けなくとも全ての角度の攻撃を防ぐ。つまり……」
マスティマがピリアを睨む。
「金の盾を持っている限り無敵だということじゃ」
それを聞いてサキヤは奮い立つ。再びマスティマに突進すると剣を振り下ろす。
それを受け大剣をぶん回すマスティマ。次第にマスティマが劣勢になってゆく。
カン、カン、ガキィ!
つばぜり合いになる。力はマスティマのほうがある。少しづつ押されるサキヤ。
「おのれのような小僧におれは倒せんわ!おれは天界の覇者となる者。その剣を叩き折ってやるわ!」
マスティマがサキヤから離れた一瞬のスキ。
「おりゃー!」
サキヤはマスティマを袈裟懸けに斬って捨てる。
「ぐお!」
マスティマの上半身が斜めに切れ、ずりずりっと頭部と右手が滑り落ちる。
「ぬかった……わ……」
サキヤはさらにその頭部を縦に一刀両断。
「おれ……は……必ず……復……活…………す…」
ズブズブと地面に溶け込み、墜ちていく堕天使の最後。
「ふん、また地獄の煮え湯にでも浸かっておるがいいわ!」
ピリアが吐き捨てる。
「ふう」
サキヤがその場にへたりこむ。
ジャンとバームは飛び上がって喜んでいる。
「よくやったサキヤ!お前は英雄だ!」
二人はサキヤの肩を叩き、もみくちゃにする。
「ピリア、ありがとう。あんたがいなかったら到底敵わなかった奴だった」
バームが頭を下げる。
「まあ、それが守護と安寧の神の仕事のようなものじゃからのう。ホッホッホッ」
「俺たちはただの唐辛子好きの妖精の類いと思っていたよ。わーはっはっは」
三人で大声で笑う。こうして緊張の糸はほぐれた。
ジャンが真顔になる。
「最後の仕事だ。バーム、ハンマーを三つ出してくれ!」
「ほらよ」
三人にハンマーが行き渡る。青い量子サーバーに鉄槌を下す。一時間ほどで粉々に砕けちった。
量子の海は雲散霧消し、一万人の魂は天に帰っていった。
帰り道、馬上でジャンが言う。
「一万年の幸福と快楽か……少しうらやましい気がするな」
サキヤが首を振る。
「おれは普通に生き、普通に死にたい。愛する者と愛し愛され、ともに歳をとりながら……」
バームがジャンに聞く。
「ところでオーキメントとドーネリアの戦いはどうなったんだ?肝心なことを忘れるとこだった」
「どちらも首都が壊滅的な被害をこうむったしな。おそらく近いうちに停戦、いや終戦協定を結ぶだろう。そしてオーキメントの首都は多分クレイルに移る。軍人としては、これから大いに働かなくちゃならないな。まずは難民キャンプの人たちに住居を与える仕事が待ってる。細かいことはそれからだ」
「はっ!」
三人は軽く馬を走らせクレイルの町に帰っていったのだった。
「サキヤ!」
うちに帰るとまずはミールが抱きついてきた。店には行列が出来ていた。
「繁盛しているようだな」
「そうなの!評判が評判を呼んでるみたいで売り上げも右肩上がりなのよ!」
奥に入ると母が必死の形相でクッキーを焼いている。
軽く母と抱きしめあう。
「とにかくベーコンクッキーが出てねー。夕方には売り切れちゃうのよ。……あんたのほうはどうだったの?ちゃんと大司教様と話は出来たの?」
母とミールにはマスティマのことなど話しまいと心に決めている。
「ああ、全て終わった。無事に解決さ」
母がピールでクッキーを入れている金具を取り出すと、ベーコンクッキーを素手で大皿に移しかえていく。
「そして今回最も大きな働きをしたサキヤ・クロード少尉は四階級特進の中佐に任ずる!」
ビリーとジャンと、バームと握手をかわす。ジャンがビリーに今回の戦いのリポートを詳細に書いて報告したのだ。ジャンとバームは三階級特進の同じく中佐。つまり三人とも同じ階級に並んだわけである。
ビリーがサキヤに勲章をつける。
「さてファッツロード大将からお言葉を」
よぼよぼの大将が前に進み出る。
「…………んー、よくやった。一歩間違えればこの世の崩壊につながりかねない戦いに見事勝利し、平和を取り戻したその功績は見事というほかない!三人とも佐官にふさわしい働きである。これからもその気概でな。ワシからは以上である」
満場の拍手と共に任官式は終わった。
「ただいまー。中佐になったよ、おれ!」
「まあ、なんて出世だい。お父ちゃんに報告しなくちゃ!」
母は小さな祭壇に行き、祈りをささげる。サキヤはミールと熱いキスをする。
愛すべき家族。全力で守り抜きたい。母が子を思うように。
決戦編、了
金の盾と青い牢獄 村岡真介 @gacelous
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