五章⑤
夕刻、迎えに来てくれた郭家の馬車に揺られながら、春菊は陶器の欠片をじっと見つめる。
これは元皇太后付きの女官、鄧雨桐の落とし物だ。
欠片とはいえ大変質が良く、白色の表面に
確かこれは
(この龍、単純化されてるのに、存在感があるなぁ。それに、花紺青の色合いが凄く映えてる)
春菊は様々なことに思考を飛ばしながら、ぼんやりとしていたが、馬車が停まる衝撃で我に返る。
「到着しましたよ、画家さん。ここが郭家の屋敷でございます」
「はいっ。思ったよりも近いところにあるんだなぁ」
馬車で迎えに来るくらいだから、静水城から相当遠いのかと思いきや、旧市街の入り口近くだった。
士大夫層の屋敷は大体が静水城の近くに位置するから、この位置だと少し珍しいような気がする。
極彩色に彩られた門を恐る恐る通り抜ける。
鮮やかすぎる門の色合いに驚かされたが、敷地内の
間取りは伝統的な四合院様式となっており、配置される建物は静水城や歓楽街の最も目立つ建物を選んで、一つどころにまとめたかのようだ。
そのため、暴力的な色の奔流のようになっている。
どこを向いても目が疲れる。
夕陽に照らされた今の状態ですら、見ていてくらくらするのだから、青空の下で訪れたなら、顔を
きょろきょろと庭を見ていると、北側の建物から女性が出て来た。
彼女の姿を見て、春菊は内心身構える。
左丞相の娘、郭巧玲だ。
彼女は春菊の存在に気が付くと、眉を吊り上げてつかつかと歩み寄って来る。
「なぜお前がここに居る?」
「わわっ、巧玲……。久しぶり」
「親しい間柄であるかのように振る舞わないでちょうだい。というか、ここはお前なんかが居て良い場所じゃない。さっさとこの屋敷から出て行け!」
「そうしたいのは山々なんだけど、左丞相から呼ばれたんだよ。この家の将来の為に画を描くことになったから」
「嘘言わないで! なんでお前のような三流画家なんかにお父様ほどのお方が依頼するのよ」
「嘘ではないよ。でも、巧玲は僕に描いて欲しくなさそうだから、帰っちゃおうかな!」
「そうよ。さっさとうちの屋敷から出て行って!」
「––––––これっ、巧玲!! 何をしておる!?」
「お父様?」
春菊が踵を返したところで、北側の建物から太った男性が走り出て来た。
「あ、左丞相。先に帰っていたんだね」
「そうとも! 菜春菊よ、娘の言うことなど無視で良い。こっちに来たまえ。画を描くための準備はさせてあるのだ」
左丞相の話に首を傾げる。
なんですぐにあの画が描ける前提で話を進めるのか。
もしかして春菊の部屋に置いてあった父の画はすでに盗まれてしまっているのだろうか。
気分の悪さを感じつつも、適当に話を合わせる。
「……準備が終わっているのなら、描いて行くよ」
「待ちなさいよ! ねぇ、お父様。納得がいかない。どこの者とも知らぬ子供に画を描かそうとするだなんてっ。頭でも打った?」
「どこの者かは分かっておるぞ。そこの菜春菊は菜青梗の子。凡人であるはずがない! 今回の依頼で縁を作っておいたなら、こやつの画家としての価値が上がった後でも依頼しやすくなるはずだ。その頃になったなら、見る目の無いぼんくら共にこやつの画を見せびらかせるのだぞ!」
「菜青梗って、あの!?」
巧玲から父の名を聞くのは意外な感じがするけれど、考えてみれば今楊家で保有する水景は元々郭家の家宝だったのだ。
画を見るついでに父の名も覚えたのかもしれない。
巧玲は少しの間、値踏みするように春菊を見たかと思うと、嫌な笑みを浮かべて声を張り上げた。
「それが本当であれば、さぞかし素晴らしい画を描くのでしょう! お手並拝見といこうじゃない」
「落胆はさせないよ! 左丞相からの依頼は元々この屋敷にあった水景の画とそっくりに描くというものみたいなんだけど、……実はね、左丞相の言っている画を寸分違わずに描ける自信があるんだ。なぜかは教えられないけどね!」
「え?」
「……」
自信満々に胸を張る春菊を、左丞相はもの凄く不思議そうな表情で見る。
そして巧玲の顔からは血の気が引いた。
彼らは横目でお互いの出方を伺っているようだが、もしかするとお互い確認したいことがあるのに、春菊を前では口に出来ないことでもあるのだろうか。
春菊は確かめずにいられなくなり、素知らぬふりで彼等からの依頼を承諾する。
「僕に任せて! 左丞相の依頼が継続されるなら、今すぐにだって描くよ!」
「お……おお。そうかそうか。ははは……。では儂について来て来るように。直々に案内しようではないか」
「お前……」
巧玲はまるで不気味な妖怪のような顔で春菊を凝視していた。
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