三章⑥

 数日前の蠱の騒ぎは、後宮中央に位置する御水園で起きた。


 春菊が陰陽の画を描いている間、天佑の従者は庭園の管理簿を取りに行った。

 そして次の日の朝に憂炎の殿舎で皆で管理簿の中身を確認した。

 その際、春菊は疑わしく思った石を伝え、管理簿の記録から、その石の卸問屋を突き止めた。

 後宮とは頻繁に取引がある問屋のようだが、一度洗いざらい調べ上げるとのことだ。もし犯行が明らかになったなら、問屋で働く者全てが絞首刑に処せられるらしい。


 けい国の法を全く知らない春菊からすると、かなり重い罰に思えた。

 しかし、蠱によって亡くなった者が二桁もおり、さらに悪いことに皇帝までもが瀕死になった。相当に大きな事件なのは間違いないので、真犯人は厳罰を下さないといけないんだろう。


 天佑は今、『石の提供元が分かりました』と口にした。

 ということは、あの卸問屋がどこかで拾ってきた石ではなく、売りつけた人間、または店があり、そちらの方を疑うべきだと言いたいのだろうか?

 仕入れた石に偶然蠱がついていたにしては、あまりにも効果的な使い方をしているし、何よりも風水師など、邪気の発生源などを特定出来るような専門家が惨殺されている。

 だから、ちゃんと静水城の誰かを害する目的を持って行動した誰かがいるはずなのだ。


 そして春菊は不謹慎ながら真犯人に興味を持ってしまった。

 石に蠱を取り憑かせるだけの技術は相当なものだし、後宮なんていう厳重な警備が敷かれた所に仕込むのも大胆不敵だ。

 一体どんな生い立ちの人間がどんな意図で、そんなことをしでかしたのか。

 月の見え方の話じゃないが、その人が見ている景色は自分と大きく異なっていそうだ。本当に興味が尽きない。


「あの卸問屋に石を売りつけたのは香洛こうらくの石屋でした」

「何で香洛の店から買ったんだろう? 香洛は距離的に白都から近いわけでもないのに……。香洛は山がたくさんあるような地形なのかな?」


 河川に転がる石は上流ほど大きく、下流ほど小さい。

 だから香洛でも山の上の方で大きな石が多く採れるのだろうと想像する。

 しかし春菊の安易な想像は、あっさり天佑に否定された。


「山だからといって、見栄えの良い石が多いわけではありません。香洛は旧王朝の都だったので、かつては世界中から様々な石が集まったのですよ。卸問屋の主人が語るには、香洛では没落する名家も多く、その家々が保有していたものを石屋が譲り受けたようなのです」

「他の人が持っていた石だったんだ!! 変な形の石を好む人間って結構多いんだね」

「私も好んでいます。珍しい石がたくさんありますから、もっとこの庭を鑑賞してみて下さい。きっと貴女にも良さが分かるはずです」

「君も石が好きなんだね。西王母も変な石が好きだったな」

「なんと……、そうでしたか」


 崑崙山に住む西王母もまた、奇石きせきを集めていた。

 どこからともなくな石を拾って来ては、彼女の住居周辺に並べておくので、ちょっとした要塞のようになっていた。

 

「奇石収集はこの国の文化人に人気の趣味なのです。まさか西王母様も収集を趣味にしていらしたとは……。私も今以上に石集めに精を出すべきでしょうか」

「ふふふ。あのさ、僕ようやく理解出来る様になってきたんだけど、そういう思考が”俗”っぽいってことなんだよね?」

「煩いですね。……話を戻しますからね」

「うん!」

「さっきも話しましたが、香洛はここ十年ほどの間に大干ばつが立て続けに起こっています。それゆえに、経済状況が悪化する家が後をたちません。不幸にも自分にとっての宝物を手放さなければならなかった方々は大変気の毒なことです」

「悔しかっただろうなぁ」


 御水園に置かれていた石を思い出す。

 今はもうあれらに蠱はついていない。しかし付きの石となってしまった。

 そのまま後宮の庭園に飾っては置けず、一時的に楊家の別邸の片隅に置かれている。

 改めて石を見て、問題なさそうなら西王母に贈ったら良いかもしれない。

 

「蠱がついていた石は僕が貰っちゃっても良いかな? 西王母にあげたいんだ」

「それはいいですね。あれだけの凄惨な事件を起こした石なので、引き取り手がいなかったのですよ。西王母様が持ってくださるのなら、害もないでしょうし、貴女の話から想像するに、大切になさってくれそうです。最も良い引き取り手なのでは?」

「僕もそう思う! 有難う!」


 西王母は、大事にしている石に春菊から落書きされて、酷く気分を損ねていた。

 その件についてはちゃんと謝りはしたけれど、物品を献上したなら謝罪のしるしになりそうだ。



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