一章②
「ところで、何故貴女は静水城をご覧になっていたのですか? 独り言まで呟いてましたね」
「えーとね。僕の画がぐちゃぐちゃになる現象をそろそろ何とかしたいなって思って、ここ数日間その元凶を調べてみていたんだ」
「それは、ご苦労様ですねぇ」
「でしょ! そうしたらさ、静水城が一番怪しそうだった!」
「なるほど。……というかずっと気になっていたのですが、そもそもなぜ貴女が山水画を描くとあのような現象が起こるのです? あれはあれで風情があって良いとは思いますが、よく考えるとなかなかに不思議な現象ですよね」
「僕自身も原理的なものは良く解ってない! でも、僕が崑崙山で暫く暮らしていたことが関係しているのかなーっとぼんやり思ってる」
「崑崙山というと、神仙などが暮らすとというあの山のことですが……。幼き時分より、憧れを抱いてきた地ですが……」
「へぇ! あの山は都の人にも有名なんだね。だったら話は早いや!」
「ちょうど暇ですので、春菊さんさえよければ
「うん」
二人でさっきの東屋に移動すると、天佑の従者がすかさず竜鳳茶を持って来る。
欲を言えば甘い物も欲しかったところだが、ここは天佑の屋敷なので我儘を言いづらい。
しかし春菊の心の内を読んだのか、天佑が扇子を伸ばし、そこに乗った小さくて可愛いらしい物を茶請け皿の上にころりと転がした。
「へ?」
「
「なんで僕が甘い物を食べたいって分かったの!? 凄いなぁ!」
「二週間も同居しているのですから、さすがに貴女の思考を理解出来るようになりましよ。そんなことよりも、話の続きをお願いします。貴女が崑崙山に行くことになったあたりから話してください」
「う、うん」
実のところ、幼少期のことを思い出すのは少々辛い気分になる。
だけども同居人に自分について理解してもらいたいという思いもある。
頭の中に散らばる記憶をかき集めて、なんとか説明を試みる。
「僕の父上も蘇華文と同じで、静水城の画院画家だったんだ––––––」
天才画家として名声を得ていた春菊の父、
父と娘の長い旅路の果てになんとかたどり着いた崑崙山には、伝え聞くように仙人や道士が暮らしており、春菊はそこの道士に本当に預けられてしまった。
父は五年経ったら迎えに来ると下山してしまい、春菊はその間に画をうまく描けるようになろうと決心した。
最初の五年間は、父に渡された彼の画を参考にありとあらゆる種類の画を描き続け、崑崙山の岩々を落書きだらけにした。
しかし約束の五年が経っても父は迎えに来なかった。
それでも春菊は取り憑かれたようにずっと作画を続けた。
経過年数も意識せず、ただ作画に没頭続けた春菊だったが、ある時西王母の領域に無意識のまま踏み込んでしまい、彼女が大切にしていた
当然その悪行は西王母の怒りを買ったようで、彼女は春菊に白都で千の善行をしてくるようにと命じたのだった。
そんな面倒なことをするよりもただ画を描いていたかった春菊ではあったが、都に強制的に移動させられてから、人の手伝いなど小さな善行をするたびに、自分自身に何故か人間から離れていくような変化が起こった。
何が起こっているかは定かではなかったものの、仙術もどきを使えるようになってからはさすがに普通の人としての人生は諦めた方がいいだろう、という心境にならざるをえなかった。
––––––しどろもどろに長話をし終えると、天佑は形良い眉間に閉じた扇の先を当て、ゆるく目を瞑る。
「……浮世離れしているとは思っていましたが、まさかそこまでとは。つまり貴女のことは道士に近い存在と思っておけば言い訳ですね? 白都にて仙人になるための修行をしていると」
「せ、仙人!? 違うと思うよ。だって僕は西王母の宝物に落書きしたから、その罰として都で人助けとかしているわけだし!」
「実際に貴女と西王母様の会話を聞いたわけではないので、なんとも言えませんが、邪気を宿す絵を描く
「そうなのかぁ。崑崙山に戻る機会があったら、一度話してみようかな」
「それがいいでしょう」
春菊としては人間だろうが道士だろうが、仙人だろうが、やりたいことが出来るならどうでもいいが、分類をはっきりとさせておいた方がうまくいく時が多いだろう。
「貴女の父上は画院画家だと言っておりましたね?」
「一緒に暮らしている時はそうだったんだよ。でも白都に帰って来てから以前暮らしていた家に行ってみたけど、他の人が住んでいたんだ。父上はどこに行っちゃったんだろうね」
「なるほど。貴女は私の山水画の師でもありますし、その父親の作品も素晴らしいのでしょう。是非拝見したいものですね。私の方でも調べてみるとします」
「本当!? 助かるよ!」
今更会っても元のような親子関係に戻れるとも思えないけれど、父上の口から、離れて暮らしていた間の暮らしなどを聞いてみたい。
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