office.6 (January)

東雲しののめ. job》


「餅、何個食べる?」


夕ご飯、主食はどうするかという話になり、適当でいいと言う暁さん。買って来たチキンや惣菜で足りなそうなら実家でついた餅があると話したらそれが食べたいという。


「んー…4個とか?

いや、食べ過ぎるか…2個?」


「4個いっきに食べれないだろうから…

とりあえず2個で。

足りなかったらまた作るから」


「フッ…お願いします」


笑いながら、自分の飲み物と片手で持てる範囲のおかずを持ち、リビングのローテーブルへと暁さんは向かった。

見慣れてるのに見慣れない場所での後ろ姿。

明るく笑う暁さんが自分の部屋にいる。

変に緊張するかもなんて思っていたけど、緊張なんて感じずにただただ楽しい。


適当な食事だけど、会話が弾む。

実家の餅も気に入ってくれたようで、おかわりする時は暁さんもキッチンで僕の隣にくっつくように付いてきて、焼いて膨らむ餅に大きなリアクションをとっていた。

ケーキも殆ど食べた。一口目食べた時の『うまッ』と驚いた顔がやっぱり可愛かった。

酒も買った量をほぼ飲み干した。


「いやー…酔っ払ってきちゃったなー」


アルコールが入ると頬が赤くなり目も少し座りだす暁さんが、ローテーブルの上の飲みかけな缶チューハイを揺らしながらソファに寄りかかり、僕に視線を向けながら話す。

…だいぶ前から酔っ払っているけど、やっと酔っ払いを自覚したか。


「東雲はいつも何時くらいに寝るの?」


柔らかく微笑みながら問いかけられると、たまらず視線を逸らし、暁さんの指の動きを追いかけながらどうにか返事をする。


「んー…結構遅くまでゲームとかしてるかも」


楽しすぎて時間を気にして無かったけど…

目立たない棚に置かれた時計にゆっくりと視線を移すと、暁さんの視線もついて来たのが分かった。


「あ!東雲の誕生日が終わっちゃう!

誕生日!おめでとうございました!」


改めて向けられた缶チューハイに、自分の缶チューハイも傾ける。

時間を気にしなきゃいけないのは自分じゃないか。こんな、誕生日になる貴重な瞬間を2人で過ごしているのに。

最後の最後まで僕の誕生日を祝ってくれる暁さん。


「どうも。暁さん、誕生日おめでと」


「……」


本気で祝うって、ちょっと照れ臭いけど…

誕生日を祝えるような、生まれてきた事を祝えるような、幸せな日々を過ごして欲しいと切に思った。

一言の'おめでと'に、出来るだけ気持ちを込めて伝えた。


するとこれでもかとニコニコな笑顔を向けてくる暁さん。たまらず様子を伺う。


「……ん?」


「いや、なんか、凄くいいなと思って。

こういうの。幸せ2倍な誕生日」


「……だね…」


…赤い……可愛い…

返事を絞りだしたものの、暁さんの赤くなった頬、唇にやられて思考は停止したまま。

いやこれはただアルコールのせいで思考停止してるだけかも知れない。


……押し倒し…たいな…


今日だけで、僕の部屋だけで、暁さんを何度可愛いと思ったか数えきれない。

こんな気持ち、知られたら…?

後輩からそんな目で見られてるなんて知られたらもう…


「なんだよ。

自分の誕生日終わって寂しいのかよ」


「違…」


「また来年な」


自分の過剰な気持ちとは裏腹であろう暁さんの満面の笑みが、心臓を締め付けにかかる。


…来年もこうやって2人で過ごすのか。

過ごせるのか?

なおさらこの関係を崩すわけにはいかない。


来年も暁さんと誕生日をすごしたい。

明日も暁さんと同じ職場で仕事をしたい。



「ふぁーー!サッパリ!!

酔いも醒めたし東雲が出てくるまで

もう少しのんじゃおっかなッ」


お風呂から勢いよく出て来た暁さんは、酔いが醒めたとはいうものの頬も唇も赤みを増したようだ。

明日着るためのTシャツ以外にも、寝やすいようにスウェットの上下も貸した。

大きめのトレーナーは華奢な暁さんには少し大きめで…パンツのウエストはヒモも付いているからどうにか落ちないだろうけど、その細さを想像するだけで落ち着かない。

そんな状態で、また酔ってウルウルな瞳の暁さんに微笑まれたら……


「…寝てないと困る」


「ああ?こんな良い気分なのに!寝とけって?」


…少しガラが悪い人みたいな威嚇する歩きで、ジリジリと距離を詰めてくる。

酔いが醒めたと言いながら、あまり醒めた様子はない。


「なんだよ!寂しいなー…」


距離を詰められて絡まれると思ったけど、すぐ近くのベットに文句を言いながら倒れ込んだ。


「…なんだよー…しののめー…」


「…オヤスミなさい」


「まだ寝ないって!

しの…のめのこと待ってるって…」


そう言ってスヤスヤと寝息を立て始めた暁さん。少し体のラインが分かってしまって困るし、寒いだろうし、そっと布団をかける。


「ん……」


かけられた布団が心地良かったのか、気持ち良さそうに目を瞑ったまま口角が上がる暁さん。

そんな姿を見て…僕は、僕の目が、今までないくらいに見開いて固まるのが分かった。


……寝顔が、1番、困るんじゃないか??


あらゆる欲望が脳裏を駆け巡ったけど、どうにか僕は冷静に一晩過ごすために、あらゆる欲望を打ち消すように、浴室へ逃げ込んだ。

そうだ。この欲望はアルコールのせいでもある。

アルコールって怖い。



浴室で落ち着きを取り戻せたおかけで、どうにか無難に上司と部下のお泊まり会は終わった。

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