こいつは猫に見えたビニール袋だ。まだ名前はない

ハムカツ

わけもわからない暗闇では、見分けがつかなかったのだ。


「意外と、部屋の隅に置けば・・・・・・ 猫の後ろ姿にも見えるな」



 いや、間違いなくビニール袋なのだが。暗い場所で目を細めればギリギリ、いやだいぶ丸まった猫に見える。恐らくは暫く風雨にさらされて妙な形で固定されたのが良かったのかもしれない。


 勿論力を込めて潰せばそれでぺしゃんこなビニール袋になってしまうのだが。


 だからこそ、そぉっと壊れそうな宝物を持つように家まで持って帰ったのだ。



「ちょっとまて、傍から見たら異常なのでは?」



 ビニール袋をやさしく持って、猫かわいがりしながら帰宅する成人男性は冷静に見ると不気味である。にゃーにゃーと口に出していたのだからもうどうしようもない。自分だってそんな奴がいたら逃げる。



「しかし、このマンションペットは禁止なんだよな」



 いや、これはビニール袋であって猫ではない。しかし猫に見えるので実質猫。であればペットという事になるのではないか?



「どうなのだろうか、大家さんに相談した方が良いのだろうか?」



 いや、良くはない。正気を疑われる。しかしこういう事はしっかりとしておいた方が良い。万が一大家さんがこの家に来た時。このビニール袋を見て猫だと思う可能性は低くない。いややってきたら間違いなく猫だと思うだろう。


 まぁ、しかし・・・・・・ 実際大分猫に見える。折角なので写真をスマホで撮ってSNSにアップロードしてから寝る事にした。


 明日は餌を買ってこなければいけないなと考えながら。



□□□



「困ったな、ビニール袋の餌がどこにも売っていない」



 このビニール袋は猫に見えるが、ビニール袋なのだから猫の餌ではなくビニール袋の餌が必要なのだが。この世界のどこにも、ビニール袋の餌は売っていない。


 困ってしまう、餌を食べないとビニール袋は死なないのだろうか?


 いや、出来ればこの猫みたいなビニール袋には死んで欲しくない。だって死ぬと悲しいし。お墓を作れる土地もない。



「しかし、さっきから随分とスマホがうるさいな……」



 確かめてみると、SNSでビニール袋みたいな猫。いや猫みたいなビニール袋の写真がバズっていた。リプを確かめると猫に見えるとビニール袋が半々くらいだった。



「もうちょっと、猫に見えると思うんだが。いや猫だろう?」



 折角なので、空の皿を猫みたいなビニール袋の横に並べて写真を撮ってまたSNSにアップしておく。



■□□



「困ったな、炎上している」



 翌日朝からずっとスマホが震えていて気が気でなかった。どうやら同僚にも挙動不審が伝わっていたようで写真を見せるとまぁ猫だという奴と、ビニール袋だという奴が半々くらいだった。


 しかし、猫だと言う人間は皆餌の心配をしている。猫みたいなビニール袋の餌は何が良いのだろうか。分からない。



■■□



 次の日、猫の餌をさらに入れて。ビニール袋の猫と一緒にSNSにアップした。周囲の反応は猫だと言うものも、ビニール袋だと言うものも皆俺を非難していた。ビニール袋は猫の餌を食べない。それは理解している。俺はもうどうすれば良いのか分からなかった。



■■■



 もう、どうしようもなくなった俺は。猫のようなビニール袋を窓から放り投げた。それはビニール袋みたいに舞って。猫みたいに着地して、しばらくマンションの裏側で猫みたいにごろごろしていたが。しばらく見守っていると大家さんが拾っていった。


 さて、大家さんはビニール袋を拾ったのか。それとも猫を拾ったのか。


 少しだけ聞いてみたい気もしたが、それを確かめる勇気は俺には無かった。

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こいつは猫に見えたビニール袋だ。まだ名前はない ハムカツ @akaibuta

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