3-1 異世界からの逃亡者

 香峯子と五美が人影の落ちたところへとたどり着く。幸いにも、船を貫通していないが、船底まで達する程の深さの穴が開いていた。

「五美」

「はーい」

 眼下に広がる大穴を見ながら五美は鞄からタブレットを取り出して香峯子に手渡す。

「降ってきたのは男子一人とちびっこの女の子一人ですね」

 タブレットには、五美が自己解析した視覚情報が映し出される。

「異世界からの来訪者……いえ、逃亡者、というのが正しいですわね」

 大穴を覗いている五美の視覚情報をリアルタイムで映し出しているタブレットには、男が一人、少女を守るように抱きかかえている状態で横たわっている状態が映っている。生命活動は維持しているが、意識は無く、酷い火傷をしていた。

「見殺しにしていい相手ではありませんわね」

「ですねー」

 二人はそう言うと、船に空いた大穴へと飛び込んだ。


 綺麗に着地した二人は早速、瓦礫に埋まる男を発見する。

 五美が瓦礫を蹴り飛ばす。そして香峯子が男と男が抱える少女を救出する。

「実際に見ると酷いものですわね」

 五美の視覚データで状況は把握していたがまさかこれ程とは。火傷により皮膚がただれ、深い切り傷に赤黒く乾いた血がこびりつき、まさに満身創痍と言った様子だった。その男が護る少女には、男のように切り傷の類はほとんどないが、男が護り切れなかった部分に酷い火傷が見える。

「まー、生きてるからいーんじゃないですか」

 五美はどうでもいいと言ったふうに鞄から折りたたみ式の担架を取り出すとその場に広げる。

「お嬢様、乗せてください」

 香峯子が慎重に二人を担架に乗せて五美と一緒に持ち上げる。

 二人は慎重かつ迅速に船の壁を蹴って担架を運び出す。

 現在この船は望杉家の持つ島へと向かっている、すでに島へ連絡をしているため、船が着く頃、港では医療班が待機しているだろう。


 程なくして港に着く。すでに待機していた医療班に担架を任せ、香峯子と五美は船を降りる。

「お母様には連絡しときましたよ」

 二人は港近くのプレハブへ向かい、プレハブ内の地下へと続く階段を下りる。

「返事は?」

「『なにそれめっちゃおもしれえじゃん!』と」

「丸投げですのね。別にいいですけれど」

 無駄に凝ったダンジョンみたいな内装の、地下へと続く階段を下りながら香峯子はため息をつく。

 階段を下りきるとそこには銀行の金庫のような重厚な扉が鎮座している。ように見える。ただのホログラムの扉を抜けると、乳白色のリノリウムの広大な廊下があった。廊下には多くのアンドロイドが行き来していた。恋する女子高生である香峯子の指示で、アンドロイドの外見は皆女性になっている。

「お帰りなさいませ、香峯子お嬢様」

 同じ声が重なり合い、大きな声となって香峯子を出迎える。

「あたしには?」

「うるさい」「黙れ」「島流しじゃあ」「この星座占い最下位」「やっふー」「チャージ完了」

「なんであたし嫌われてるんの⁉」

「……行きますわよ」

 香峯子はレーザービームを打ち落としている五美を置いて廊下の先へと進む。

 やがてたどり着いたのは転車台があるホールだった。

 香峯子と追いつきて来た五美は真ん中にある籠のようなトロッコに座る。

 二人が椅子の座ると転車台が上昇を始める。どこかへと続くであろう、複数のトンネルが壁全面を埋め尽くす高さまで上昇すると転車台が回転する。そしてある一つのトンネルで止まると、トロッコが勢いよく発進する。

「今日の夕飯なにがいいですか?」

「あら、五美が作ってくださいますの?」

 トロッコがすさまじい速度で突き進む。

「お嬢様の手料理が食べたーい」

「……なにが食べたいんですの」

 トロッコがきりもみ回転しながら暗いトンネル内を突き進む。

「T☆K☆G」

「トロピカルなコックさんのガイヤーンでいいんですの?」

 トロッコが乗るもの全てを振り落とさんと、上下左右に伸びる線路を突き進む。

「とっくりで飲むカンボジア発祥のがんもどきのことですね」

「ああ、そっちでしたのね」

 やがて大ジャンプを決めたトロッコが駅へと到着する。電光掲示板にカボチャが三つ揃って周りに付けられた電飾が激しく点滅する。

「サバの味噌煮にしますわ」

「別にいーですよ」

 壁際にある自動販売機を開いて中に入る。

 そこは薬品の匂いが僅かに鼻を刺激する静かな病室だった。

 開けた薬品棚を五美は閉める。

「状態はどうですの?」

 香峯子がベッドに寝る人物へと目を向ける。

「見てのとーり、外傷は綺麗に治りましたよ」

「そのようですわね。問題は――」

「くっ……う……」

 男の呻き声が聞こえ、香峯子は口を噤む。

「ここ……は……? お嬢様!」

 男が勢いよく起き上がると病院室内を見渡す、男の頭が隣のベッドで眠る少女を見つけて止まる。

「命に別状はありませんわ」

 香峯子が男へ言葉を投げかけるが、男には聞こえなかったらしく、ベッドから転がり落ちると少女の眠るベッドへと縋りつく。少女が規則正しく呼吸を繰り返しているのを見ると男は安堵したようにベッドに突っ伏す。

「命に別状はありませんわ」

「大事なことですもんね」

「よかった……お嬢様……」

 男は安堵の息を吐くとそのまま少女のベッドに突っ伏したまま寝息を立てる。

「頭に異常ありですわね」

「お嬢様、口悪いですよ」

「冗談ですわよ、気持ちはわかりますもの」

「まーあたしもわかりますけどね」

 男の発言から察するに、男は少女の従者みたいなものだろう。香峯子も五美も、考えたくないが、愛斗や香峯子が同じような状態になると周りの声が聞こえなくなるだろうし、自身にとって大切な人の身を真っ先に心配するだろう。

 五美が男をベッドへ寝かすと、パイプ椅子を持ってきて香峯子と並んで座る。

「やれやれですわ」

 香峯子は背もたれに寄りかかり天井を仰ぎ見る。白一色の、なんの面白みのない部屋から目を閉ざす。

「どうせなにかが起きますわ、そうしたら起こしてくださいまし」

「はーい」

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望杉香峯子は恋にかまけたい 坂餅 @sayosvk

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