11○○ルート
「だって、コウさんは、この子が今の高校を転校して、普通の生活を送っているところが本当に見たいの?」
「無難な結末って言いたいのかな?でもさあ、それはそれでアリだと思うけど。最終的に『個性って大事だな』という教訓を小説から得られるわけでしょ。あと、行き過ぎた美の追求がもたらす矛盾とか。社会派小説としては、読み応えあると思うよ」
「えええええ、コウさん、そんなお堅い話が読みたいの?確かにこの話を書き始めた動機は、そんな感じの高尚なものだったかもしれないけど、それだけじゃ、読者は増えないでしょ。何かそこに刺激的なスパイスを入れないと」
「なるほど、スパイスか。スパイスねえ」
私はいったい、何を見せられているのだろうか。私の未来は私で、自分自身でつかみ取るものだ。それなのに、どうして見ず知らずのこの夫婦に決められなければならないのか。
「あの、さっきから何を言っているんですか。作者とか創作とか。まるで私が、あなたが生み出したキャラク」
「理解しているのなら話は早いわ。さすが、私の生み出したキャラクター!やっぱり、作者の頭がいいと、キャラクターも聞き分けの良い、素直な子に育つのね」
「あ、いいことを思いついた!こういうのはどうだろう?」
つくづく、人の話を聞かない奴らである。女は私の質問を肯定した。とはいえ、ここは夢の中で、この会話もただの夢であるため、どんな現実味のないことでも許されてしまう空間だ。
「なになに、コウさん、何か良いアイデアがひらめいたの?」
「こんなのはどうかな」
男は私たちの会話を聞いていたのかいないのか、突然大声で自分の存在を主張した。女が促すと、照れながら自分の意見を述べ始める。頬を紅くしながらデレデレ話し出すさまは、通常ならキモいの一言であるが、いかんせん男の方はイケメン枠に入る容姿である。そのため、キモいという言葉につながることはなかった。おそるべし、イケメン効果。
「結末を一つに絞るからつまらなくなるんだよ。ささのはさんは、この小説で訴えたいことは何?」
「訴えたいことは……。やっぱり『女性の美の価値観』とか『個性の大切さ』とか『女子力反対』『女だって楽したい』などかなあ」
「後半って、ただの自分の願望が混じっている気が……」
「あんたは黙ってなさい。それがドウシタノ?」
私がこの女の小説のキャラクターだということは否定しないことにした。そのうえで、彼女が私を使って訴えたいことがいろいろあることは理解する。しかし、前半はいいが、後半は女としてどうなのだろうか。無意識にあきれの視線を向けていたらしい。女にじろりと睨まれてしまった。
「訴えたいことがたくさんあるだろう?だったら、別に結末を一つに絞る必要はないと思ったんだ。ほら、ゲームでも〇〇ルートとかあるでしょ。そこまで物語性を重視しないのなら、いろいろな話のパターンがあってもいいと思うんだけど」
「なるほど」
女は男のアイデアを素直に受け止めて、あごに手を当てて悩みだした。なにやら、ぶつぶつとつぶやいている。
「そうなると、少なくとも三パターンの結末が私には見えている。この子の言う通りの転校ルートで、元通りの生活に戻る。そこで美の追求による弊害とかをまとめて終わらせる……」
「せっかくだから、オススメノ商品お試しルートもあり?商品を一個一個やっていたら、相当長くなりそうだけど、まあ以下略で何とか文字数を減らして。最終的にあら不思議。美のクローンの完成?」
「最後は定番のハーレムルート。美の中にある平凡が強調されて、その平凡に興味を惹かれて、好意と勘違いしての……。うん、書くのがだるいけど、書けないことはない」
「なんだか、ノリノリだね」
「ありがとう、コウさん。やっぱり頼りになるのは、旦那だわ」
「どういたしまして」
うん、急に二人が甘い雰囲気になりだした。この二人が夫婦だったことを失念していた。このままイチャイチャタイムが始まるのだろうか。しかし、そこで予想外の行動を女が取り始めた。男の方が甘い雰囲気に乗じて女のことを抱きしめようとしたが。
「うん、すぐにでもプロットを練り直す必要が出てきた。じゃあ、コウさん。現実世界でもよろしく頼むよ」
「よろしく頼まれても困るんだけど。そもそも僕はささのはさんが生み出した『コウさん』だよ。頼み事は本物に頼みなよ」
男の抱きしめようとした手は宙を掴むことになった。明らかに抱擁をしようとして広げた腕だとわかるのに、女は完全にスルーして男から距離を取った。そして、私に改めて向き直る。
「私はあなたを動かすために頑張るから。あんたもしっかりと自分の考えを持って、私を困らせないでよ。それじゃあ、またいつか夢の中で会いましょう!」
彼女の言葉を聞いた瞬間、私の意識はブラックアウトした。
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