10再び夢の中へ
昼休み明けの授業は運の悪いことに体育だった。昼休みの時間に生徒は着替えを終えて、校庭なり体育館なりに移動するのは当たり前のことだ。それなのに、私はうっかりしていて、体育だということをすっかり忘れていた。
教室に入るまで思い出すこともしなかった。教室から人の声がしないことを不審に思って、ようやく気が付いた。教室にはすでもぬけの殻で、クラスメイトは移動した後だった。
「そういえば、体側服を忘れていた……」
うん、転校初日が思いのほか堪えていたようだ。授業で使うものは前日に確認したはずだったのに、体操服の存在をすっかり忘れていた。友達に借りるなどと言う手段を転校生に取れるわけがない。正直に忘れたことを体育教師に伝えるしかない。忘れ物をした上に、授業に遅刻するなど、普段の私ならありえないことだった。
元はと言えば、クラスメイトがいけない。机の上に広げられたままになっている弁当箱を見て、怒りが湧いてくる。彼女たちが話しかけてこなければ、お弁当も食べることができたし、授業に遅刻することもなかった。まあ、体操服を忘れたのは言い訳しようがないが。
「どうせ、怒られるのが確定なら、体育、さぼろうかな……」
体育は体育館でやっているようだ。教室の窓から校庭が見えるのだが、そこに人の姿は見当たらない。三階にある自分の教室から一階の体育館まで行くのは面倒だ。怒られるのがわかっているのに行く気にもなれない。
「お弁当でも食べて、一休みでもするか」
ふたを開けたままだが、まだ食べられるだろう。私は誰もいない教室で、一人黙々と弁当を食べ始めた。
「あなたは、これからどうしたい?」
弁当を食べ終え、机に突っ伏していたらいつの間にか眠っていたらしい。目を開けるとそこには、昨日夢に見た光景が広がっていた。
「いきなり何を言い出すんですか?」
「ごめんね。ささのはさんっていつも、唐突に驚くような発言をするんだ。多めに見てやってくれると嬉しいな」
何もない白い空間に、二人の男女がまた私の目の前に姿を現した。
「どうにも、ささのはさんが今後の展開をどうするか迷っていてね。普通、物語の主人公に何がしたいかなんて尋ねないよね?なのに『これは創作だから、作者の勝手でしょ』とか言って、また物語に介入してしまったんだよ」
まったく、僕の奥さんって驚くことばかりするよね。
「コウさん、創作は楽しんでやることが重要なんですよ。そのためには、展開をしっかり決めておく必要があります。そうでないと、作者も読者もあいまいな展開に飽きて、楽しめなくなります」
「だからって」
「あの、あなたは私の未来を見ることができるのですか?」
このままではいつまでたっても、本題に入れなさそうだ。私は二人の会話に割り込んで質問する。すると、当然とばかりに『ささのはさん』と呼ばれている女性が返答する。
「当たり前でしょう?だって、私があなたを作っているのだもの。もっと言うと、私があなたに命を吹き込んでいるの。だから、私はあなたからしたら、神にも等しい存在なのよ。もっと、敬ってもいいくらいだわ」
「はあ」
これは夢だ。だから、彼女の言うことを真に受ける必要はない。必要はないのだが、夢だから、何を聞いてもいいだろうと思い、軽い気持ちで自分の未来に言及する。
「この学校の美醜の定義を反対にすることもできるの?彼女たちが不細工な特徴の容姿で、私が超美人設定な世の中とか」
「それはやめておいた方がいいわ」
「僕もそれには同感」
せっかく自分の意見を伝えたのに、二人にあっさりと却下されてしまう。まあ、これからどうしたいと言われているのに、世界観の変更を伝えてしまった時点で呆れられるのも無理はない。
「それは私も考えたんだけど、それをすると、今の私の価値観ではどうやっても自分自身が生理的に受け付けなくなってしまうの。だから、その世界観は却下」
「うんうん。前に美醜逆転のブロットを見せてもらったけど、結局お蔵入りしてしまったよね」
世界観の変更も実はできるらしい。とはいえ、私は別にそんなことを本気で願ってはいない。そんなことになったら、私は学校中から注目を浴びる存在となり、今以上にせわしない、ストレスフルな生活を送ることになるだろう。お弁当も食べることがままならない生活は嫌だ。
「この学校から転校することもできるの?できれば、美人も不細工も存在する普通の学校に転校して、平穏な高校生活を送りたい」
だったら、無難な回答をするとしよう。もともと、転校前にいた学校のような普通の高校に転校するのだ。それなら、私くらいの容姿の人間はいるし、目立つこともなく学校生活を送れそうだ。そもそも、転校前までは当たり前の平穏な生活を送っていた。もとに戻してもらえばいいだけだ。
「ううん、それはそれでアリだけど、それだけだとつまらないよねえ」
「私の人生なのに、つまらないとかあるの?」
「ごめんごめん。でもさあ、コウさんもそう思うよね?」
「どうだろ。そもそも、ここにいる僕だって、ささのはさんの妄想でしょう?僕に意見を求めてどうするの?」
せっかく人が真面目な回答をしているのに、女性の方がつまらないと言い出した。男の方は直接口にはしていないが、内心は女と同じことを思っているに違いない。二人が夫婦であることは前回の夢で判明している。男の方が女をいさめているようにも見えるが、所詮、似たもの夫婦である。考えていることは一緒だろう。
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