9購買での出来事②
「すいません。メロンパン、ありがとうございました」
辺りを見渡すと、運のいいことに彼ら以外に人の姿はない。行儀が悪いが、その場で食べ始めることにした。
「人前で急にメロンパンを食べる奴、初めて見た。ためらいというのがないのか、お前」
「ひゃって、ふぉなかひぇったんだもん」
とりあえず、メロンパン一個は腹に納めることができた。本来なら、母親の手作り弁当を残さず食べる予定だったのに、まったくもったいない。
ごくんと最後の一口を飲み込むと、改めて生意気な口を利く男子生徒を観察する。こいつもまた、イケメンの部類に入る容姿をしているが、何を私に勧めてくるのだろうか。
「別に私は今の容姿に満足しているので、オススメ商品を言われても、使いませんからね。昼食を食べる時間を作ってくれたことは感謝します。では、昼休みももうすぐ終わるかと思いますので、これで失礼します」
失礼なことを言う男子生徒だったが、特に美容系商品を勧められることも、昔の自分云々の話もしてこなかった。少しはまともな男もこの学校にいることがわかって、ほんの少しだけほっとした。
教室に戻ろうと彼らに背を向けると、腕を掴まれた。仕方なく振り返ると、真剣な顔をしたイケメンの姿があり、困惑してしまう。
「お前の名前とクラスは?」
「は?」
「いきなり人の名前を聞くのはいけないよ。相手のことが知りたいのなら、先に自分が名乗るのが常識ってもんだよ」
「そういうものか?オレが名乗れば、お前のことを教えてくれるのか?」
「ま、まああなたが先に名乗ってくれるのなら」
購買のおばさんが余計なことを口にするせいで、私のクラスと名前がばれてしまいそうだ。とはいえ、ここでこの謎の男子生徒の情報を知っておくことは悪いことではないかもしれない。そんなことを考えているうちに、男が自己紹介を始めてしまう。
「オレの名前は鈴木礼斗(らいと)。一年A組。オレもこの学校に転校してきた口だ」
オレは名乗ったんだから。お前も名乗れよ。これで話さないとか、ありえないだろ。
心の声が読めてしまうような鋭い視線に、しぶしぶ私も名前とクラスを口にする。
「平和子(たいらかずこ)。二年B組。これで満足?」
せっかく自分が聞きたがっていた私の情報が手に入ったのに、嬉しそうな顔をしないとはどういうことか。
「おまえ、マジであいつらの商品を使う気がないのなら、転校を考えた方がいいぞ」
「なんで初対面のあんたにそんなことを言われなくちゃいけないの。しかも、私が転校生だと思っているのなら、転校したての人間にそんなこと言うのは非常識だと思うんだけど」
「この学校が普通じゃないのはお前も知っているだろ。わかっているのなら、なおさらだ」
「普通じゃないのはわかったけど、それって彼女たち全員がテンプレ美少女だということ?たまたま、そんな人間が集まっちゃったとかじゃないの?」
「本当にそう思っているのなら、お前の頭の中はお花畑だな」
ここで、彼との会話はタイムアップとなった。昼休み終了のチャイムが鳴り始めた。チャイムが鳴った以上、教室に戻らなければならない。
「チャイムが鳴ったね。授業が始まるから教室に戻らないと」
「あ、ああそうだな。二年B組。平和子だな」
「教室に乱入してこないでね。転校したばかりの生徒に後輩がいるはずないでしょう?私の立場も考えてよね」
「善処する」
「あらあら、新たな恋が生まれる瞬間におばさん、立ち合っちゃったかしら?」
『なわけあるか』
購買のおばさんに生暖かい目で見つめられたが、私たちは声をそろえて否定する。思いがけずハモってしまったが、仲がいいというわけでは断じてない。
こうして私は礼斗とかいう男子生徒と出会うことになった。
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