6安心する空間①

「た、ただいまあ」


「おかえり。どうしたの、そんなに息せき切って。不審者にでも追いかけられた?」


 私の疲れた声に反応してくれたのは、母親だった。玄関での私の言葉に気付いて駆け寄ってくる。


「たぶん、不審者、では、ないと、思う、けど」


「汗もすごいじゃない!夕飯前に風呂にでも入る?今から沸かすから少し待っていなさい」


 私は首を縦に振って返事する。あまりにも疲れ果てて、声を出す気にもなれなかった。何とか靴を脱いで玄関に上がり、廊下を歩いてリビングに入り、ソファに沈み込む。



「おかえり。何をそんなに疲れ果てているの?」


「お、お姉ちゃん。帰ってきていたの?」


「帰ってきちゃ悪いわけ?」


 私の姉は大学1年生で、県外の大学に通っている。さすがに家からでは大学に通うことはできないので、大学の近くに下宿していた。GWは終わっているのに、なぜ家に居るのだろうか。


「何、そんなにじろじろ見て。私の顔に何かついている?」


 つい、今日一日のこともあり、自分の姉の全身を観察してしまう。


「お姉ちゃんはクローンじゃなさそうだね」


「いきなり何を言い出すかと思えば。学校で何があったの?」


「かず姉がおかしいのは前からだろ」



「睦樹(むつき)。帰っていたの?」


「転校初日から部活なんてやっていられないだろ。かず姉もそうだから、早く帰ってきたんじゃないのか。それにしても、ひでえ顔だな」


 リビングには弟もいた。私は3人兄妹で大学生の姉と中学生の弟がいる。弟の全身を怪しまれない程度に観察するが、こちらもクローンではなさそうだ。


 姉も弟も、私とよく似ていて、癖のある黒髪に瞳は奥二重。肌の色は浅黒くて、日焼けをすると真っ黒になってしまう。ニキビはできにくい体質だが、全くないわけではない。体毛は普通くらいで、姉は脱毛しているかもしれないが、弟はしていない。



「ねえ、睦樹の学校の女子って、キラキラサラサラの美少女軍団だった?」


「はあ?何言ってんの、脳みそいかれたか?」


「正直に答えて!」


 つい、きつい口調で問い詰めてしまう。私の圧に負けたのか、弟はしぶしぶ質問に答える。


「別に前の学校と変わらねえよ。可愛い奴もいるし、不細工な奴もいる。好みは別れるかもしれないが、まあまあのクラスだと思う」


「不細工が存在するクラス……」


「いやいや、それは普通でしょ。人間、みんながみんな美少女ばかりじゃ、逆に気味悪いから。ここは現実で、アニメの世界じゃないのよ」


 私の考え込むような仕草に慌てて姉が弁解する。私の頭がおかしくなったと思っているようだ。しかし、頭はおかしくなっていないはずだ。今日の教室での出来事が異常で頭の理解が追い付いていないだけ。


「あの、バカにしないで聞いてほしいんだけど……」


 とりあえず、頭の中だけでは整理できないので、姉と弟に今日、学校で会った出来事を正直に話すことにした。

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