5放課後①

 昼休みが終わり、午後の授業が始まった。弁当は完食することができた私は、満腹感から、眠気と戦いながら授業を受けていた。とはいえ、午前中と同じように変な夢を見るのは避けようと、なんとか必死に寝ないような工夫をしていた。頬をつねったり、シャープペンを軽く指に突き立ててみたりした。そのため、どうにかうたた寝程度で夢を見ることはなかった。



「では、これにて帰りのHRは終わります」


 眠気と戦った午後の授業が終わり、ようやく放課後がやってきた。さて、ここからが私の腕の見せ所。いかに穏便に放課後の予定を伝え、家に直帰できるかがかかっている。失敗はできない。


「あ、あの、皆さん、私は」


「ねえ、結城くんとは何を話していたの?」


「結城くんに声をかけられるなら、もっと早くに私のオススメの商品をすすめるんだった」


「もちろん、放課後は私と一緒に家でイメチェンするのよね?」


 深呼吸をして、教室中に聞こえるように声を張り上げるが、私の声は途中で遮られてしまう。


「ええと」


 結局、こうなってしまうのか。私の貴重な放課後は、彼女たちの手によって無残につぶされてしまう運命らしい。彼女たちは私が自分たちの誘いを断るとは思っていない。そして、私にも私の予定があるとは考えていないようだ。


「ごめんね、みんな。平さんは僕と一緒に帰る約束をしているんだ。昼休みに先約を取らせてもらった。そうだよね?平さん」


 ここでまた、昼間の男子生徒が私に声をかけてきた。空き教室での一件で私のことをあきらめたのかと思ったが、そうではないらしい。とはいえ、男と女子生徒たちを見比べて、どちらを選ぶのが良いのか考える。このまま埒の明かない不毛な会話をして、しぶしぶ彼女たちからオススメの美容商品を試させられるか、ここで男子生徒の手を取り、明日から変な噂を流されるか。究極の選択である。だったら、私は第三の道を選ぶとしよう。


「いいえ、私はこれから塾がありますので、誰とも一緒に帰ることはできません」


 嘘だが、これはなかなかに信ぴょう性がある嘘だ。ここは曲がりなりにも進学校で、塾に通う生徒も多い。これなら、教室からもっともらしく逃げられるだろう。


「では、皆さん、ごきげんよう」


 返事を聞くことなく、皆が呆然としている間に、急いで教室のドアに向かってダッシュして、そのまま廊下を全速力で駆け抜ける。廊下を走ってはいけないなど、この際ガン無視である。


 玄関までたどりつくころには、体力のない私はへとへとになってしまった。下駄箱に寄りかかり、しばしの休憩を取る。2年生の教室は3階にあるため、そこから1階の玄関まで廊下と階段を走っていれば、息も切れてへとへとになるというものだ。


「はあ、はあ、とりあえず、これで後は家に帰るだけ……」


 全速力で走ってきたこともあり、誰も私を追ってくることはなかった。だからこそ、私は油断していた。敵はクラスメイトだけではなかった。



「ねえ、あなたが隣のクラスに入ってきた転校生?」


 びくっと身体が震えるが、それを隠しながら、恐る恐る声のした方を振り返る。そこにいたのは、クラスメイトではない女子生徒だった。


「だからどうだというの?あなたも、私の容姿に不満があって、私を改造したい口?それならお断りだから。私、そんなことをしてもらわなくても、前の学校で結構モテたから」


 女子生徒もクラスメイトの例外にもれず、美少女という形容が正しい容姿をしていた。午前中に語った美少女のテンプレを見事に踏襲している。


 髪の毛は黒髪さらさらストレートで肩下まで伸ばしている。瞳はぱっちり二重で日焼けを知らなさそうな白い、ニキビ一つないツルツルの肌。足はすらっとしており、大根足とはほど遠くて、モデル体型とはこのことかという細さである。


「ええと、そんなこと言うつもりは……。でも、その格好だと、この学校だと特に目立つ。だから」


「結構。私は私のやりたいように生きていくから。それじゃあ、私、これから予定があるから」


 この女性生徒もクラスメイトと同じことを言ってくる。まるでこの学校にいる人間たちは、クローンでできているかのような不気味さだ。とりあえず、今は家に直帰することが先決だ。クローン云々については家に帰ってからゆっくり考えることにしよう。


 私は、女子生徒の言葉を途中で遮り、上靴からスニーカーに履き替えて、玄関を出て、全速力で家までの道のりをかけるのだった。


 しかし、私の家までの道のりは険しかった。なぜ、こんなにも転校先の生徒に遭遇するのだろうか。

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