第2話


 【 七日後 如月ユウの部屋にて 】



 そんなワケで始まったレッスンやけど、指導は困難を極めたで。

 なんたって、このアホときたら二言目には反発しおるからな。

 


「君なぁ、なしてコンビニで買い物するのさ。あんまりお金ないんとちゃうか?」

「そりゃ、最近の若者はタイパを重んじていますから」

「タイパ? 阪神タイガースの優勝パーティーがどないした?」

「やだ、マジでウケる~。でも違いますって。タイムパフォーマンスの略です。限られた時間をどれだけ有意義に使えたのか。そこを常に意識する考え方ですって」

「知っとるわ! ボケたんや!」



 要は徒歩で二十分かかるスーパーへ行くのは時間がもったいないと。

 だから、五分で着くコンビニで用事をすませる。

 そうすれば往復で差引三十分が浮いて好きな事に使えるっちゅうワケやな。

 コイツの場合は毎日投稿する動画の作成が忙しいと。


 アルティメット、あほくさ。それは金持ちの考え方やで。

 君はその三十分でいくら稼げるんや?

 金がないのに富豪さんの物まねしてどないするの?

 まず、自転車なり、バイクなり、車を買えや! 話はそれからや。



「目ぇ覚ませや、アホ。今日はこれからスーパーに行くで」

「えー、遠いですよ」

「うるさい! ウチも徒歩かちに付き合うんや、感謝せい」



 向かった先は最寄りのスーパーSではなく、ちょっと遠いスーパーM。

 歩きだと三十分くらい、確かに遠いな。でも、致し方なし。



「ひいひい、なんでコッチに来るんです。別に近い方でも値段は一緒でしょ?」

「甘いな、せやから君の家計簿は慢性的にレッドゾーンなんやで。こっちの店は毎週金曜日に特売をやってるんや」

「特売日?」

「色んな物が安く買える夢のような日や。まぁ百聞は一見に如かず。入るで」



 いつもは二百円の柿ピーが、特売日は百四十五円!

 四百円する国産豚ひき肉二百五十グラムが三百二十円!

 じゃがいも一袋二百五十円が百九十八円!

 もってけ泥棒! カップ麺が一つ九十八円!



「見てみい。これが主婦の常識、スーパー特売や。最近は電子マネーのポイント還元をやるお店も多いから、合わせて使えば更にお得やで」

「や、安い。けど買い物袋を持って三十分歩くのは……」

「君の場合、まず自転車やね。買うべきものは。まぁ、今日はスーパーのメリットを説明するために来ただけやから。勉強、勉強、あんじょうしいや」


「言われてみれば、数十円単位のお金なんて気にかけた事なかったかもしれません」

「ほんまボンボンやね、君は。チリツモやで。お金はそうやって貯めるもんや」

「むうぅ」

「それにスーパーの長所は特売だけじゃないんやで」



 入り口の近くには地元の人達が作った野菜が置かれているやろ?

 農家の直売所って奴や。

 新鮮かつ立派な野菜が、比較的安価で手に入るのやから大助かり。


 それに隅っこのワゴンには見切り品があることも。

 こちらは逆に品質が怪しいのだけど、値段を見れば多少のことには目をつぶるわな。購入したその日に使うなり、胃腸の頑強さと相談するなり、どうぞご自由に。

 ただし長期保存にはむかんと思うわ。



「なるほど知りませんでした。ははは……」

「どうした? どうもさっきから落ち着かんな? お疲れかいな」

「いえいえ、ただ外出用の晴れ着もちゃんと買っておいて良かったなぁって」

「外出用? 自分、引きこもりちゃうやろ?」



 どうも判らん。

 ユウはその日、さすがにコスプレ装束ではなくジーンズとカーディガンを着ていたんやけど。それ、どこか特別な服なんやろうか?


 別にええか。教えたい事はまだまだぎょうさん有るんや。

 些事にひっかかっている場合ちゃうねん。



「でも、今の君には食材が安く買える素晴らしさも理解できんのやろ?」

「ギクッ! 実はそうなんですよね。普段はコンビニで買い物してばっかりで、包丁もあまり使いませんから」

「だから料理を学ぶんや! そうすれば、ココに並んだ食材が宝の山に思えてくるからな」

「そういうものですかね」

「せや! せや! そやから帰って特訓や。買う物を買ったら帰宅やでぇ」

「帰りも三十分歩きっスよ、悲しぃ」



 いちいち愚痴らんといて。

 少しは体を動かした方が仕事向けの良いアイディアが浮かぶんや。


 こうしてユウ君の部屋に帰還したウチ等は、いよいよ料理の指導に入ったわけだが。やっぱりこの子は言うこと聞かん子ちゃん。



「なぁに、料理なんてそう難しいものじゃあらへん。大きく分類すると料理には、揚げ物、煮物、焼き物、炒め物、汁物があるんや。火を通せば大抵の物は喰える。単純な話や」

「おおざっぱすぎません?」

「判り易いやろ? その中でも初心者におススメなのは汁物やね、食材を切って鍋で煮込むだけ、ごっつうイージーや」

「実は昔、お味噌汁を作るのに失敗したことがあるんですよぉ。母の日に初挑戦したら、味のしない汁になってしまって。それ以来、料理全般が苦手になりました」

「でもなぁ、カップ麺だけじゃ体がもたないというのは身をもって体験したやろ? 栄養のバランスには気を使わないと。外食やお惣菜だと高くつくし、結局ハラいっぱいにしたければ自炊一択やで」

「ダシがちゃんととれたら、私でも もっと美味しく作れますかねぇ」

「ケチらず上手く使わんと、昆布も鰹節もダシが出えへんからな。まず実践してみようか」



 鍋に水を張り、そこに布巾で軽くふいた昆布を投入。


 できればそのまま一晩おいて、水出しをしてから火にかければええんや。

 適量は水1リットルに対して十から二十グラム。

 水が沸騰してきたら、昆布をとりだして鰹節を三十グラムほど投入。

 ひと煮立ちしたら鰹節をすくってダシ汁の完成や。


 昆布を漬け込まずにダシをとるなら弱火で四十分ぐらい煮ださなきゃならん。

 本物は手間がかかるんや!



「うわ、面倒くさいですねぇ」

「……なんか言った? お姉さんよう聞こえんかった」

「だ、だって、昆布や鰹節もけっこう値が張るし、ケチらず使えませんよ」

「ど素人が! 鰹節も昆布も、一度ダシをとったら捨てるもんちゃう。二番だし言うものがあるんや。茶葉が二番せんじをするように、同じ昆布で二度ダシをとれるんや」

「へぇ~」

「さすがに味が薄いから、追いガツオ言うて追加の鰹節を投入する必要があるけどな。それだけで終わりちゃうで? 二番ダシが済んだ昆布はまた別の料理に使える。こないだ君が食べた昆布巻きや、炊き込みご飯も、それを再利用したものやで」

「わぁ、なんかスゴイ気がします」

「せやろ! 日本の伝統『もったいない』に隙はないんや!」


「でも、そこまでやるのはメ……大変ですよ。もっと初心者向けのはありません?」



 ぶちぶち、ぷっちーん!


 あかんわー、お姉さん、とうとう堪忍袋の緒が切れちゃったみたい。

 君、替えを持っとるか?

 なぁ、こっちだって、これからパートの仕事があるんやで?

 達ちゃんが帰ってくるまでに夕飯の支度もせんとアカンの。


 もう ええわ! そんなに楽したいなら化学調味料でも使ったらえーやん。


 こうして物語冒頭のやりとりに回帰するワケやな。

 手抜きでも、本人が喜んでくれるのならそれでウチは満足や。

 まったくもう、知るかい!



 【 午後九時 自宅の居間にて 】



「そういうワケで。化学調味料で作った味噌汁と、蕎麦ツユを使った簡単野菜炒めが今晩のオカズや。スマン、達ちゃん。カンニンや~」

「これはこれで良いじゃない? あっ、奈々子と喧嘩した時に出てくる料理の味だ、コレ」

「達ちゃんが休みの日にはもっと美味いモン作ってくれるのになぁ」

「鰹節にはプリン体が含まれているから、健康を気にする人はダシの粉で味噌汁を作るみたいだよ。別に手抜きじゃなくて」

「それは盲点やったな。でも昆布に罪はないやろ? さぁ、麺つゆ炒めも食べてや」



 「麺つゆ炒め」とは料理における裏技の一つや。


 麺つゆには最初からダシが入っているので、醤油で味付けするより誤魔化しが効くんだわ。モヤシやキャベツ、刻み玉ねぎやベーコンをフライパンで炒めて、麺つゆを雑にかける。フタをして火を通すと二十分弱ですぐに完成するから気分がのらない時はおススメや。

 味はそこそこやが、何を作っても麺つゆ風味になってしまうのが欠点やね。

 腹ごしらえも済んだ所で、ウチはちょっとした提案をしてみた。



「ところで来週は達ちゃんの誕生日やろ? 実は新しい自転車を買おうと思ってるんやけど」

「ええ? まだ乗れるような。そんなにボロいかな」

「いや、それでお古をユウ君にあげたらどうかなって」

「ああ、それは妙案かもね。自転車も毎日使われる方が嬉しいだろうし」

「あのアホも喜ぶわ。ついでにウチがお古の洋服もくれてやろうと思ったのに。自転車は欲しいけど、古着は絶対にマズイとかぬかしよる、アイツ」

「え? なんで?」

「知るかい、綺麗好きなんやろ。顔を真っ赤にして否定とったわ」

「思春期だからかなぁ?」

「ホンマ、判らんわ」



 時折、若者を理解不可能な新人類みたいに言う人がおるけど。

 まさか、ウチがそんな年寄りめいた愚痴を口にする日がくるとは思わんかった。

 それにしても悔しいなぁ。大阪人として昆布の名誉を回復してやらんと。

 このままでは済ませんぞ、見とれ新人類。


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