大阪女と昆布のおダシ

一矢射的

第1話



 親の心 子知らずにして、子の心は親知らず。


 いきなりでスマンけど……ウチはもう限界。


 生意気な教え子を相手どっての料理教室なんて、もうお開きや。その時ウチの中で何かがプチーンと切れて、妥協の大津波が押し寄せてきたんやな。


 ちゃうねん、普段なら絶対口にしない戯言が零れ出たのはそのせいやねん。



「ほんじゃな、ちょっと邪道ではあるけれど、コスパ最強の料理、教えたろか?」

「ええ、そんなのあるんですか! 是非お願いしますぅぅ!」

「実に簡単な話や。ダシをとる際に化学調味料の『ダシの粉』使えばいーんやで。これでどんな料理下手くそでも、まあまあな味のお味噌汁が作れるようになるから。値段も安いし、小袋で一箱にぎょうさん入ってるさかい。入れて味噌とかき混ぜるだけ。楽ちんや」

「なぁんだぁー! そんなのあるなら最初から教えて下さいよぉ、もぉイケズ!」

「……ハァ~、まったくもう」



 その化学調味料って、色んな料理漫画でボロクソに叩かれてる奴やけどな。

 結局は手抜きやん。本物の味は本物でしか得られへんのや。

 昆布でダシとった方がウマいに決まってる。

 大阪の料理人であるウチにとって、ぜーーったい認められへん諸悪の根源やで?

 なんたって、大阪と昆布には深い縁があるんやから。


 そやけど、これでいいんや。

 肝心なのは、このアホが料理に興味を持って、ちゃんと出来るようになることやさかい。


 これからの時代、一人暮らしに料理は必須スキル。

 なんたってコスパが良いんや、自炊は。


 せやから、大阪の矜持きょうじはちょっと忘れて。

 ここは、我慢や。辛抱やで、ウチ。


 しっかしなぁ、自分を捻じ曲げてまでコイツの家計を思いやるなんて。

 まったく、なしてこんな事になってしもうたんやろ?

 思い起こせば、あれは一週間前。

 マンションのゴミ捨て場でこのアホに出くわしたのが始まりやった。

 見て見ぬフリをすれば良かったのに、つい茶化してもうたからなぁ。

 大阪人の辛い所や。











「なんや、キミ。面白い格好してるなぁ」



 あれは早朝五時すぎぐらいやったかなぁ。

 ウチが眠気マナコを擦りながらゴミ捨てに行くと、収集所のすぐ近くでけったいな服装の奴と出会ったんや。信じ難いことに朝からフリフリのミニスカートをはいた魔法少女みたいな女やで。上には制服のブレザーっぽい緑のジャケット。

 宝石が埋め込まれた肩当てと、ティアラもしとったな。それで顔には布マスク。

 ありえへんやろ? そりゃ誰かのツッコミ待ちかと思うやん?


 ところが、ソイツときたら、コッチが声をかけるなり大慌てなんや。



「いや、あの、これは。違うんですぅぅ! まさかこんな早朝に誰かと会うとは思ってなくて。想定外な運命の出会いというか……ゴホッゴホッ」

「なんや風邪かい、声が酷いで。まぁ、そういう日もあるわな。ウチが悪かった」

「いえ、これは裏声の出し過ぎで。病気じゃありませんからぁ」



 君のボケに突っ込んだのだから、少しはノリの良い所みせてくれんの?

 これやから東京モンは。

 別にウチも東京暮らしはもう長いし、慣れっこやけどな。


 スルーして、忘れることにすべき。どうもそれがコッチの作法みたいやしなぁ。

 つまらん所やで、ホンマ。


 そうおもんばかってウチが背を向けかけた時や。

 その魔法少女、いきなり足をもつらせて道路に転倒したやんけ。



「おい、キミ。どうしたんや? よく見たら顔色も悪いな、ホンマは病気ちゃうの」

「いえいえ、ちょっと空腹で力が入らなくてぇ。人生バイブス(ギャル語でテンションやノリを表す)だだ下がり~」

「はぁ?」

「節約の為コンビニで買ったカップ麺しか食べてないんですよぉ、貧乏で、あはは」

「笑いごとじゃないで、それ。東京モンのツボはよーわからんわ。それで、君の名前は? どこに住んでいるんや?」


如月きさらぎユウっていいますぅ。家はそこのマンション二〇五号室で」

「なんや、ウチと同じマンションやん。そんなら放っておけんわ」


 話を聞けばコスプレ系ユーチューバーとして活動中なんだとか。

 何? 面倒みてくれる家族はおらんの? 

 なら、もっと安定した職業の方がええんとちゃうかなぁ……。


 まぁええわ。心優しいウチが、昨夜の残り物を恵んでやるさかい。

 タッパーに詰め、部屋まで持っていったら泣いて喜んどったな。

 おいおい、どんだけや。



「アリガ、アリガ、ジュウ~! ユウは大歓喜!」

「なんやそれは。『ありがとう』のつもりか? 心より御礼申し上げます、や。まともな日本語を喋らんか。ここは日本やで」

「とにかく、感謝ですぅ~」

「これな、鮭と豚肉の昆布巻き、里芋と昆布ご飯。少のうて悪いけど、ええか?」

「うわぁ、美味しそう! 料理が出来ると得ですねぇ……やっぱり」

「料理も出来んのに、一人暮らしか。それを食べる間、ちょっと事情を聞かせてくれんか? 差し支えなければ、やけど」



 【 午後八時 自室の居間にて 】



「な? けったいな奴やろ」

「確かに変わってるね」



 同じ日の晩、ウチは同居人の達ちゃんに今朝がたの出来事を話しとった。

 ああ、申し遅れてスマンな。ウチの名前は望月奈々子。

 達ちゃんの部屋に同居させてもらってる浪速のちゃきちゃきポニーテール娘や。

 いつかは結婚を夢見て、今は愛の巣で共同生活の実施訓練中って所やな。

 実子訓練ちゃうで。それやと訓練が強制的に終わってしまうからな。

 お互い望む形で練習を終わらせるのが一番や。


 達ちゃんこと小杉達也は、とある企業の商品開発部に勤めるサラリーマン。

 真ん中でわけた前髪の下、切れ長の瞳と柳葉のようにスラリとした眉。

 優男風のイケメンや。

 いつもは穏やかにニコニコ笑ってるけど、やる時はやる男やで。

 その達ちゃんにしてもユウは不可解な存在みたいやな。



「その子、さっきタッパーを返しに来てたよ。ついでに名刺も置いていった。こんな動画を投稿していますのでシクヨロだって。ぐいぐい来るね最近の子は」

「くわー、図々しいやっちゃなぁ」

「こっちも名刺を渡しておいたけど」

「はぁ!? 連絡先のってる奴やろ? よーわからん女に渡さんといてや」

「奈々子の知人なら良いかと思ったんだけど」


「あのなぁ、ひさしを貸して母屋を取られるってことわざがあるやろ。すり寄ってくる泥棒猫にはもう少し警戒してーなぁ」



 プンプン怒るウチをなだめながら、達ちゃんは尚も優しさを忘れない。

 んー、そういう所もメッチャ好きやねん!



「まぁまぁ、そう言わないで。人生の先輩としてさ、優しく教えてあげたら? 節約の為にコンビニでカップ麺を買うって行為は、完全に間違ってるでしょ?」

「せやなー。コンビニだと二百円以上するもん。その金でスーパーの袋ラーメン五食入りを買えばずっとお得のはずなんやけど。奮発して千五百円も出せばお米も買えるし、米袋が何食分になるか考えたことないのかな?」

「米五キロで茶碗八十杯ぶんと言われているね。一杯二十円くらい? 両親に任せっきりだとその辺の常識が抜け落ちてしまうものだよ。そのせいで苦労するっていうのも一人暮らしアルアルだ」

「甘やかされすぎやで」

「だいたい男の子の話なんだけどね」



 しゃーなし。ここは身も心もプリティなウチが一肌脱いでやるか。

 上手な買い物の仕方とか、簡単な料理とか、教えたるわ。

 達ちゃんに泣きつかれてもウチが困るしな。

 ただし、恩を仇で返すような真似したら末代までたたってやるから、覚悟せいよ。


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