4-14

 地面に落ちたララキアは麻痺が抜けるのを待ち、立ち上がった。

 左腕は肩口まで炭化し崩壊、使い物にならない。


 ――ザムの墜落現場は、見ない。


「ダイナー・チーム! 状況は!?」


 高空に退避していたサギッタがララキアの声に降りてくる。


「万全なのは半分ってところだね。『巡る風ストレンジャー』『レンブディル・テイカーズ』『華閃』が予定通りに分散先行して、魔宝石を集めに行っている。言ったら悪いが、飛翔不可状態リタイアに追い込まれたのは、メイン集団を構築するはずだった面子ばかりだ」

「わたくしを含む『DPS』との連携を見込んで、日頃から交流のあるダイナクルス出身チームで固めたのが裏目に出たわねえ」

「残ったほとんどのチームは半壊している。ソロ三名も、僕とミレイズは無事だが、リパゼルカが【巨人殺しの雷霆ティタノマキア】を撃ち込まれた」


 その報告にララキアは再び唇を噛む。

 感情を抑え込む時の癖だ。


 サギッタが示した先に、リパゼルカは仰向けで倒れていた。知人らしき女性が彼女の名前を呼びながら、激しく揺さぶっている。


「今すぐに動ける者を集めて。『DPS』は悪いけれど、わたくし以外はリタイアよ」

「……知ってるよ。少しだけ時間をもらう」


 率先して肉壁になったのは『DPS』の面々だ。彼らには悪いことをした。領主の娘配下のチームになど入っていなければ、あんな役目を踏まずには済んだだろう。噛みしめた唇が切れ、紅い血が流れる。


 そして残った面子を見て、ララキアは天を仰いだ。

 見事に本職のシールダーとキャリアーが削られている。


 『DPS』を運ぶ役割だからと慣れないキャリアー装備を持ってきているコンバーターも残っているが、彼らは街を狙う暴挙に対して肉壁になる気がなかった……のではなく間に合わなかったのだと、その項垂れた様子から伺える。

 シールダーやキャリアー向けの外装は、巡行性能こそ高いが俊敏性を失う重量級が大半を占める。機敏な動きをこなすには熟練の腕が必要だ。


 残ったのはそれぞれのチームで遊撃やエースをこなしていた、良く言えばスペックが高く短期決戦に強い、悪く言えば消耗が激しく使い所の難しいメンバーばかりが顔を並べていた。


 星駆けを勝つために必要な面子を的確に削ぎ落とされた。


 チームが勝利するためには、強力なエースを擁することが最も重要である。だが、エースだけでは勝負にもならないのが星駆けの難しいところでもある。


 エースに求められるのはゴールを真っ先に通過する能力だ。

 いかなる規則ルールであっても、最終的にはレースの終わり、ゴールを通過しなければ結果に反映されない。


 確実に、誰よりも早く、ゴールを奪うのがエースに課せられた命題なのだ。


 そんなエースもスタートからゴールまでずっと全力を出し続けることは不可能だ。呼吸を一日止められる者がいないのと同様に。

 全ての力を飛翔に注いだとして、それが継続する時間は恐ろしく短い。


 そのわずかな時間のためだけに、アシストがいて、チームがある。


 ゴールの直前まで、エースが全力を発揮できる状態を維持するために、チームは身体に鞭を打つのだ。

 そのノウハウを持つメンバーが軒並み脱落してしまったとなれば、ララキアの顔が曇るのも致し方ないところだ。


「……いえ、まだ残ってはいるわねえ……。宝探しの人員を入れ替えて……」


 今回の【ダイナー・レネルチア横断スターレース】では、おおよそ二日の行程が想定されている。


 一日目でダイナーを踏破し、二日目でレネルチア領都に設置されたゴールに到達。

 お互い、それぞれの領境の街で夜を明かすことであろう。そこで分散していた人員と合流し、魔宝石を守りつつ先に進む予定であった。


 チームとしての能力値がほとんど半減以下にまで落ち込んでしまったダイナー・チームは、直ちに次善の行動を取らなければならない。


 ララキアは持てる情報を素に戦略を組み直す。


 ゴール条件である魔宝石八点を自力でクリアするのは難しくなった。


 設置場所は開始直前に配布された宝の地図に記載されている。

 合計で十五箇所、つまり最大で十五点の魔宝石がレース上に設置されているということになり、どちらか片方が八点を集めた時点で、もう片方のチームは八点を自力収集ではクリア出来ない。


 逆に言うと、先に八点を集めてしまえば後はゴールするだけだ。


 点数として扱うのが実体を持つ魔宝石である、イコール、魔宝石の奪い合いが必ず発生する。

 先に八点を集めさせて、それを全て奪い取ってゴールする手段も有り得る。これならば点数を集めることに人員を割く必要はなく、有利な場所で待ち伏せをすればいい。


 当初の戦略としてはダイナー領側で最低五点を確保し、残りの三点をゴール近くの地点で回収するか、レネルチアとの戦闘で得る予定であった。敵地で宝探しをするのは分が悪い。

 それは相手にも言えることで、早々にダイナー領を脱してレネルチアでの探索と襲撃に力を入れると予想していた。


「ああ……あの忠告とやらは、そういうことね」


 ふとリパゼルカが持ち込んだ話を思い出した。

 謎の男からもらったという忠告。脅しではなく、それこそ本当にギリギリのタイミングでの助言であったのだ。


 レネルチアの外道を知っていて、それでいてリパゼルカに縁のある者。そんな人族がいるのか――


「姫さん、これからどうすんねん」

「ミレイズが敵陣に突っ込んで全員ブチ殺すのが第一案ねえ」

「そらぁ願ってもない。美味しいトコ取りやな」


 思案にふけるララキアに、土煙に汚れたミレイズが軽口を叩く。

 十全ではないが、星駆けに復帰可能な者が判別されたようだ。


 集まったこの場で動ける者はララキアを含め――およそ七名。先行者を入れても二十人に満たない。スタート直後に十人を超える脱落者が出るとは考えてもいなかった。


 ダイナーとレネルチアはエルドワを超える、恨み骨髄に徹する敵である。


 しかし、それでも星彩協定は守ると信じていた。

 搦め手で内政干渉をほのめかす手段から、物理的な破壊行動を現時点では取らないと思っていた。


 その甘い考えが、この有様だ。


 自分のヌルさに腹が立って、臓腑の底から怒りが過熱していく。


「敵の布陣は大半が空駆者ではなく……おそらくはほとんどが魔法使いですわねえ」

「あちらさんの国の組合は鼻薬がめっちゃ効くみたいやねえ」


 ぶっちゃけ儀式魔法を使えるような空駆者は超稀少存在しないに等しいだ。


 そんな大魔法を使わずとも人族は倒せるし、儀式魔法でなければ倒せない相手は発動する前にプチッと潰される。

 儀式魔法の使用には時と場合を整えてやる必要があり、星駆けでは今のような特殊な事態以外では不可能に近い。


 ゆえに儀式魔法を修める空駆者はいない。


 どのような者が儀式魔法を修めた空駆者となるのか。

 簡単だ。

 すでに習得している者が空駆者になればいい。


 レネルチアで搾取側に回っている貴族たちも民衆の反乱対策に暴力の育成には熱心だ。子飼いの魔法使いを空駆者にして、促成で等級を上げたに違いなかった。


 つまり――レネルチアは魔法戦闘の専門家で構成されたチームであると見抜いた。


 破裂しそうな怒りを抑えるように、ララキアは唯一残った右手で額を隠した。


「結構。ならば要望通りに始めるわあ……、戦争をねえ……!」


 ララキアが選択した作戦は、作戦とも言えないようなモノ。

 復讐の炎が瞳に宿る。


「河を越えたところで、レネルチア・チームを殲滅する。魔宝石はその後にレネルチアの大地を根の根までひっくり返して探すわ」

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