4-15

   ◆ ◆ ◆


「ワァーハッハッハッ!!! ダイナーの羽虫どもが焼け落ちていくのは愉快よなァ!」


 バズマ・ギアラ・レネルチアが一度聞いたらなかなか忘れられぬダミ声で隣を飛ぶ男に話しかけた。


「おれにとってはどれも同じだ。興味はない」

「ククッ、構わん構わん! 興味があろうが、なかろうが、結果を出す限りはな!」


 レネルチア・チームは余裕からゆったりと飛翔していた。


 儀式魔法での不意打ちを隠すフードローブは邪魔なので、すでに脱ぎ捨てている。

 ただバズマと対等の立場にいる物言いをする男だけは、未だにローブで顔を影にしていた。


 男は流れの魔法使いであった。


 バズマを含む貴族としては『流れ』の実力者が滞在することに良い思いはなかった。こちらに与するのであれば良いが、敵となった時に面倒くさいからだ。


 民衆とは愚かなもので、力の象徴が近くにいるとそれだけで自身らも力を持ったと勘違いする。

 反乱の素地になる。


 とはいえ、レネルチアは領都の一部にしか滞在する価値もないので長々と在留することもなかろうが、というのがレネルチア一門の見解であった。

 滞在する価値のある場所というのはもちろん、バズマの住む領主館のことだが。


 魔法使いの男は身の丈を理解しているようで、『探しもの』のためにしばらくの在留許可を得に領主館へとやってきた。


 バズマも貴族として魔法の鍛錬には精を出している。ゆえに、その男の価値にもすぐに気付けた。

 レネルチアの魔法使いを全員集めたところで鼻息でフッと消し飛ばされる。それほど隔絶した実力の持ち主であると。


 金銭の代わりに魔法使いへの指導で在留許可を出し、レネルチアは長らく戦力の育成に努めてきた。


 その結果が、先の大攻勢だ。


 ダイナーの小娘が泡を食って逃げ回る様は、ワインを嗜みながら眺めていたい見世物であった。

 あの小娘と婚姻などとは怖気が走る。しかしダイナー領に食い込む絶好の機会を逃す手はなかった。

 どぶねずみを煮詰めたような瞳をする女ではあるが、見目は悪くない。【巨人殺しの雷霆ティタノマキア】で多少部位が欠ける可能性もあるが、年齢も嵩んでいるのだしちょっとしたアクセントになる。


 寝屋でどういたぶるか、そこまで考えを飛ばしながらバズマは男に言った。


「ヴァディーグ、羽虫共が追って来たら焼き払ってくれたまえよ。小娘を除いてな」

「見分けがつくかは分からんが、善処はしよう」


 魔法使いの男――ヴァディーグはそう答え、ローブに付いていた土埃を払った。



   ◆ ◆ ◆




 道中は不気味なほどに穏やかであった。

 ララキアは一抹の不安を感じながらも、これ以上の被害なく一日目を終えられそうなことについては安堵もしていた。


 最初に甚大な被害を受けたのがかなりキツい事案だったが、さらなる襲撃により初日で半数以下になっていたら負けが決まっていた。


 嫌がらせを兼ねて主要な街には人員を貼り付けて、【巨人殺しの雷霆ティタノマキア】で狙撃をしてくる可能性もある。

 もはや油断はしない。単なる追尾術式以外の修正手段も持っているかもしれない。例えば拡散術式で広範囲にバラ撒かれるとチーム全員が避けきるのは難しい。


「どういうつもりかしらね」


 レネルチア・チームの尻を捉えるのは簡単であった。


 あからさまに飛翔速度が遅く、なのでチームを囮に伏兵を潜ませているのではないかとすら考えていたのだ。

 しかして道中での襲撃はなく、ただただゆっくりと飛翔しているだけ。


 こちらから攻撃を仕掛けるにしても、未だダイナー領を出ていない。街を盾にされて困るのはララキアだ。

 悩む内に、ピクニックのように穏やかな陽射しを楽しむ旅程となってしまった。


「伏兵は先行させて配置しているのだと思う。ダイナー領で潜伏なんか、もう出来ないはずだ」


 サギッタがララキアの疑問に応える。

 確かにあの蛮行を考えれば、街に降りた瞬間袋叩きにあってもおかしくない。


 この星駆けはリアルタイムでダイナーとレネルチアにいくつかあるそこそこの規模の街にて発信されている。通常であれば開催のスタートとゴールに設定された街等、限定的に映される妖精の幻影魔法であるが、妖精も大注目というのは嘘ではないようで放映箇所が拡大されているのだ。

 つまりはダイナー中に、ダイナクルスの街を焼き払った愚行が知れ渡っているということである。


 おそらく魔宝石の探索もレネルチアは行っていない。


 ダイナー領に七つ、レネルチア領に七つ。そして最後の一つは領境にあると地図は示している。


 わざわざ敵の多いダイナーで探さずとも、抜けたところでえっちらおっちら探し始めればそれで十分ということか。

 ピクニック気分のレネルチアに火種を撒いてやりたいのは山々だったが、とにもかくにも相手の足が遅い。


 戦争してやるとは言ったが、自分の持ち物に喜んで火をかける趣味はないのだ。


 どこで仕掛けるか。

 河の上空でアタックをかけるつもりが、もう一度考え直す時間があった。


 改めて思案をすると河越えの最中に襲撃するのは悪手な気がする。


 もうすぐ日が落ちて、休息の時間帯に入る。

 暗闇の中でも鳥族と違って魔法で視界はなんとか確保できる。夜を徹しての行軍は可能であるし、夜襲の効果も高い。


 難点が一つある。


 ダイナー・チームは河を超えたら休息を取ることが出来ないのではなかろうか。


 レネルチアの街で宿を取ろうものなら身ぐるみ剥がされそうになるのは想像に易い。なんなら領主主導で息の根を止められかねない。

 そうすると休息地点はダイナー領の街に抑えなければならず、必然、河を越えるのは翌日になる。


 休息は絶対に必要だ。

 ただでさえ初手の不意打ちによる消耗が大きい。勢いがあれば限界は凌駕したかもしれないが、落ち着きを得てしまった今は疲労を自覚してしまっている。


 だが、レネルチアも大魔法を放ってすぐに長距離飛翔に入っている。本職の空駆者ではないやつらにこの飛翔距離は辛いはず。

 こちらが休息を取るということは、あちらにも休息の時間があることに等しい。


 数を減らしたとはいえ、もう一度儀式魔法を斉射されたら――


 ぺちん。


「なーに、難しい顔してんねん」


 外装使用者には珍しく剥き出しの額を、ミレイズが二本指をしならせてはたく。


「……痛いわねえ、今のでわたくしの美貌に傷が付いたわあ」


 ララキアはじんわり温かい額を左手で触れようとして、腕が無いことを思い出した。

 ああ、道理でバランスが取りづらい。


「アカンわ、えらいボーッとしよる。ギッタ! ウォズレイの街で休憩入れるで、姫さんが限界や!」

「“夕焼けの”、勝手に指示を出さないでもらえるかしらあ。今はわたくしの下よお? 一刻も早くヤツらを穴だらけにして、雑草の肥料にしてやらなきゃ……」


 先程までララキア自身も考えていた方針だが、他人に言われると急にそれを選ぶのは悪手な気がしてしまう。


 そうだ、レネルチアで休む必要はない。全員をブチ殺してからダイナーに戻ってきて休めば良い。レースの相手がいなくなれば、逆走しようが関係あるまい。

 誰かも「その通りだ」とララキアに言った。聞こえた方を向くと、白い雲の影が囁いた。「オレの仇を早く取ってくれ」


「そうよねえ、行かなければ」


 ララキアは速度を上げ……ようとしたところで、ミレイズに背後から羽交い締めにされた。外装の出力を上げても振り解けない。


「どういうつもりい……? 場合によっちゃあ、“夕焼け”から“銀弾”を味わうことになるわよお」

「すまんが自殺に付き合うほど忠誠心なくてなあ。姫さん、ちっと寝ておきな」


 そう言ってミレイズが首を締める。いっそ優しさすら感じる締め方で、ララキアはフッと落ちていった。


「ちょっと、あなた……こん……」

「安心しいや、メインディッシュは残しといたるからな」


 気丈にもここまでやってきていたが、怒りであらゆることを置いてけぼりにしたからでしかない。落ち着くまでに十分な時間が出来てしまったことで、置いてきたものが追いついてきた。

 休息を入れなければ対決の前に壊れてしまう。


 ぐったりと力が抜けて重量感のあるララキアを落とさぬよう、しっかりと背負うミレイズ。

 サギッタはそのミレイズに呆れた様子で話しかけた。


「相変わらず無茶苦茶やるね。普通、貴族の首、締める?」

「しゃーないやろ。ウチがやらにゃ、無謀な特攻して姫さん死んどったで」


 サギッタは肩を竦めた。

 理解はしているが、手を出すつもりは全く無いとの意思表示だ。


 所詮は傭兵のようなものであって、雇い主に歯向かうなどとはもってのほか。物言いを付けるほど、ララキアに思うところはなかった。

 雇われた分の仕事はこなすが、それ以外は契約外であり触れる気にもならない。


 ララキアが暴走した結果として亡くなったとしても、それは暴走したララキアが悪いのだ。ララキアを止めることは仕事に入っていない。

 サギッタのやることは、ララキアの行動をサポートすることであり、星駆けの勝利ではなく復讐を第一目標に定めるのであれば、一人でも多くをあの世に贈れるようアシストをしよう。

 結果としてララキアが死ぬのであれば、それは仕方がなかった。


 同じ傭兵でも、ミレイズは違う考えを持っているようだが。


「ともかくウォズレイで夜を明かす。ギッタは索敵役に言って手配頼むわ」

「河まで敵を追って攻撃するはずじゃなかった?」

「ンなモン、わざわざ眠い中追わんでも、やつらは待ってるに決まっとるやろ」


 見せつけるようなあくびをして、ミレイズは答えた。


「何だかんだで探索チームが合流までに魔宝石を四点見つけて来おったからな。ウォズレイにも一点あるよって、五点になる。レネルチアにとっちゃ、三点だけ探して残り五点はウチらを囲ってボコる方が、八点探すより楽やと思うやろ。なんたって全員武闘派なんやし、あっちの貴族は楽な手段を取りたがる」

「僕らが何点持ってるかなんて分からないだろ? もしレネルチアが夜を徹して探索からのゴールへ直行したら、レースも復讐も逃すハメになるけど」


 すっとぼけるサギッタをミレイズは目を細めて睨んだ。


「それ、やめぇや。妖精の映像にくっきり映っとるんやから、全部伝わっとるに決まっとるやろ。雇い主の意向を尊重するのは正しいやろうが、あんたのそれは悪趣味なだけや」

「……そんなに悪いことだとは思わないけど……、すでにお姫様も眠ってしまっているからこれ以上は蛇足か。きみに従うよ」


 鋭い視線にサギッタは両手を挙げて降参した。


 手のひらサイズの紙に印字魔法で予定変更を記す。前方で索敵、安全確認をしている『原形結晶クリスタニア』の面子に、ウォズレイの街で一泊する準備を【青い鳥】で依頼する。

 同様に【青い鳥】を飛ばしているミレイズに、サギッタは尋ねた。


「それで? 作戦立案担当のエース兼チームリーダーを眠らせてまで作戦を妨害したきみに、必勝の一手があることを期待していいのかな?」

「分かっとらんなあ、ギッタは」


 ミレイズはわずかに覗く口元をふふん、と綻ばせた。


「切り札は出番まで大事に眠らせて隠しておくもんやで」

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