4-5

 リパゼルカはテティスに、ベッドに腰かけるよう促した。


 そして、物語の始まりを諳んじる。


「血筋の話からしましょうか。テティスさん、この世界で最も強き尊き血、何だと思います?」

「えっ……、そうですね……。人で言うなら各国の首領に連なる系譜ですけど……、リパゼルカさんの言葉を正しく捉えるなら竜族の血統でしょうか」


 最も強いのであれば、それは間違いなく竜だ。


 結局のところ、竜族が世界を滅ぼすと決めたのならば、例え他の種族が全て結託したとしても抗うのは難しい。鼻息一つで人族程度なら吹き飛ばせてしまうのだから。

 しかし、テティスの答えにリパゼルカは首を振った。


「かつて存在したと言われている神族。竜をも凌ぐ、神話の中にのみ生きるその種族を再現する計画。そういうものがあったらしいんですよ。詳細は全く知らないんですけど」

「そんなこと……不可能なのでは?」

「半分ぐらいは成功したみたいで、神子と呼ばれるくらいには神族っぽい方が産まれたらしいですよ」


 テティスは唾を呑んだ。


 それが事実なのだとしたら、とんでもないことだ。


 竜族の上を行く種族を、任意で産まれさせることが可能になったのならば、その技術を持つ者が覇権を握る。

 矮小な人族の一人であるテティスにすら分かる未来は、血で血を洗うかつての世界大戦の再来。


「安心してください、テティスさん。そういう恐ろしい未来は来ませんから。完全に成功する前に、その人の一族はほとんど竜族に殲滅されています」

「……どうして、こんなことを知っているの?」


 内容だけを聞けばただの作り話。創作の物語。


 ただ普段と全く様子の違うリパゼルカが話しているというだけで、真に迫るものがあった。


 リパゼルカの話を信じるとするならば、テティスに理解の出来ない内容は一点。

 劇物にも近しいこの話を、リパゼルカはどこで聞いたのか。誰から聞いたのか。どうやって聞いたのか。


 考えられる答えは少ないが――


「リパゼルカが、その一族、最後の一人……だそうですよ? 父と母を殺した竜に、言われました」


 考え得る限りで、最悪の答えが返ってきてしまった。


「話を聞けば分からないでもないですけど。竜族の人たちはすごく鼻も良くて、神子になった人のおじいさんのおじいさんのおばあさんのおじいさんの兄妹の旦那さんの血の臭いすら嗅ぎつけるとのことで」

「ほとんど他人じゃないですか!」

「血の濃さは関係なくて、含まれているか否か、だそうですよ。リパゼルカも、竜の方でも勘違いしそうになる程度、神子に連なる血が流れているそうです」


 テティスはリパゼルカを頭のてっぺんから爪の先までそっと視線を滑らせる。

 見た目には、人族にしか断定できない。


 そして、生きている。


 テティスにはこのトトガンナに住まう者として、訊いておかねばならないことがあった。


「……その、訊くのは申し訳ないのだけど。話を聞く限りでは、リパゼルカさん、あなたを今すぐにでも殺害しに竜族がやってくる可能性がある。そういうことですか?」

「いえ、猶予があります。ありがたいことに」


 無味乾燥な声音で放たれた言葉には皮肉だけが含まれている。


「直系以外の人は一定の年齢までに、とある星駆けに挑戦し、生きてゴールすれば、その生存を認めてくれるんだそうです」

「もしかして、その星駆けって……」

「――<黄昏>クラス、竜と人のみが参加可能な唯一の星駆け」


 未だかつて行われたことはなく、しかしその星駆けの名称のみが細々と繋がれてきた。

 人族の間では最も有名と言っても過言ではない、最高位の等級<黄昏>において唯一、人族の参加が明確に許される星駆け。


 【ステップ・トゥ・スター】。


「開催されたことがないというのは全くの嘘で、直近では六年ほど前に行われました。参加者は竜族が一体と、人族が二人」


 リパゼルカはベッドから立ち上がり、テティスの手を引いた。


 引かれるままに付いて歩き、連れていかれたのはすぐ隣の部屋であった。

 ドアを押して入るリパゼルカに続いて入り、それからテティスは困惑した。


 部屋の中央に丸いテーブルがあり、その上にいくつかの金属片が並べられている。


 リパゼルカは言った。


「これが、前回の【ステップ・トゥ・スター】参加者だったモノです。始まった瞬間に外装の指先を残して消し飛ぶんじゃ、開催したとも言えませんか」

「これ、は……」

「父と母だったモノです」


 いくら竜族の魔法が強力だからとて、金属と魔導技術の塊である外装がこんなになるのだろうか。


 穴の空いたサイコロみたいな金属片が、大きさ違いで三つずつ。

 これが指先の破片だと言うのか。


「【竜の咆哮】が直撃したら、人って本当に消し飛ぶんですよ。塵すら残さずに、夢でも見てたみたいに、消えちゃうんです」

「……、リパゼルカさん……」

「その瞬間を見ていた幼いリパゼルカは、両親と一緒に死んでしまいました」


 窓際に寄って、くるりと振り返ったリパゼルカの顔に、感情はなかった。


「たった一つの感情だけをこの器に残して、リパゼルカとしての心は死にました。今のわたしは、リパゼルカだった頃の思い出と記憶を再現して動いている亡霊にすぎないのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る