3-19
カテラリアから離れると途端に冷気が弱くなった。
強力なだけに有効な射程がとても短いのかもしれない。
「火種……」
少しでも熱源が欲しくて、料理の時に火を起こすために使う程度の生活魔法を試みたが、手元で顕れた瞬間に凍ってバラバラに砕けた。
カテラリアの言っていたことはどうやら嘘ではなく、火よりもリパゼルカの方がこの魔法に対しては強いらしい。
となると、外部に熱源を用意するのではなく、リパゼルカ自身が熱源になるのが有効。
血熱を上げて、全身に巡らせる。とっさに思い浮かんだのはそれくらいしかなかった。
自身に行使していた強化魔法を上掛け。
――どくん。
心の臓が雄叫びを上げる。
骨の髄まで凍りついた四肢の血管が、先端の先、破れる限界まで拡張される。
ごうごうと、体内を血熱の巡る音がする。
血が、足りない。
すでに身体の表層を覆うのみとなった氷を割り砕き、リパゼルカは残っていたトッテマ印の補給食をあるだけ食した。強化魔法を重ねがけしたせいか、いつもより感覚が鋭敏になっていて舌が無くなったかと錯覚した。
鋭くなった感覚は、確かに魔法力の回復速度が上がっていることを察する。他にも恩恵はありそうだが、思考する時間が無い。
「行かないと……!」
再び壁面を蹴り、飛び上がる。肉体へのダメージを感じさせない、軽やかさで宙に舞った。
リパゼルカは意識して残していた、出力の制限も取っ払った。
ゴール前で加速すべく、節約に節約を重ねて残したとっておきの魔法力だが、ここで使わなければそもそも追いつけない。
簡単にポイントを計算すると、おそらくは現時点で六ポイントの差をつけられてケイル・カテラリア組に負けている。
ゴールポイントは最終チェックポイントという要素もあって、他のところよりも多くポイントが配布される。一位が二十、二位が十三、三位は八と、チェックポイントの数値に奇数を順に足していくだけの簡単な計算だが、これは果てしなくデカい特典だ。
一位と二位の配布差は七ポイント。
特別ポイント二回分の差をひっくり返す、最終最大のチャンスだ。
これを取れたら、カテラリアに勝てる。
しかし、それはカテラリアも理解している。ゆえに速度を失った時に、復帰が困難な直登区間で勝負を仕掛けてきた。
マルニアのように外装を装着している者であれば、ここを再び登ることはそう簡単にいかないだろう。
だがリパゼルカはこの場面で重しとなる外装を持っていない。
持久力こそないが、瞬間的加速力は外装の能力を上回る可能性すらある。
環境攻撃の使い手たるカテラリアにとって、天敵に近い人族の一人がリパゼルカであったのかもしれない。
重ねた強化魔法の過剰な出力に振り回されながら、先ほどに倍する速度でジャイダ外壁を駆け昇る。
ライジングポイントを二番目に通過。
山頂の鐘楼へ繋がる路の途中に、極光を失ったカテラリアの背を見つけ、リパゼルカは乾いた唇をてろりと舐めた。
――どこからか肉の焼ける臭いがした。
◆ ◆ ◆
ベベルとザムが運び込まれた医療テントからは、レースの行方がよく見えた。
舞台の上に誂えられた平らな壁面いっぱいに、妖精の幻影魔法でレースが実況されている。広間に集まった住民らが酒を飲みながら歓声をあげていた。
『と、
映写手、兼実況の妖精族が興奮を隠さずに怒鳴った。
幻影魔法の練度が高いのか、壁面に映されている映像が本来ならば妖精の視界一つだけのところ、選手を拡大表示したり、左下に常に自分を出して身振り手振りで実況したりと、なかなか忙しい画面になっている。
音声まで別の魔法で発信しているあの妖精はもはやプロと言っても過言ではない。
「バケモンかよ」
実況にザムがぽつりと呟いた。
「アンタぐらいなら出来るだろ」
「バカ言えよ、三重強化出来るなら俺がエースを張ってるわ」
リパゼルカが使用しているのは、厳密に言えば
飛翔、身体強化、防御強化の魔法に加えて、さらに身体強化を重ねた。
魔法は同時に行使する数が増えるほど制御が困難になる。
空駆者はまず飛翔を鍛えて、それから飛翔しながら身体強化を発動させることを目指す。次に防御の強化だ。
飛翔魔法は発動させていることが前提なので、単一の強化魔法と併用する程度では
飛翔魔法を除いた魔法を併用できて、初めて二重、三重と呼べる。使えない者は要所要所で
魔法に強い素養の無い人族において、
複数の魔法を制御化に置く強い精神力、それぞれの魔法を正しく運用する鋭い思考力、そして何よりも全ての魔法を発動する莫大な魔法力。
<暁天>を生き抜くには二重魔法を十全に活用できなければ厳しいと言われる。
つまり<暁天>で勝つ空駆者は軒並み二重魔法を修めており、挑戦者もまた修めていなければ話にならない。
そんな彼・彼女らをして、三重は難易度が高すぎると言わしめる技術だった。外装の操作を含め、もはや制御の余裕がない。
生身だからこそあんなにも若い少女が辿り着けた境地だろうか。
外装の有利を捨てて得たその技術について、はたして等価の価値があるのか。
『さあ【ジャイダ・シティスプリント・ペア】もいよいよ大詰め! あと五分もせずに決着がつくことでしょう、先に山頂の鐘楼を鳴らすのはどちらだ!?』
「マルニアは……無理だな、“鈍色の槍”の相方にしてやられた」
ようやく外装の異常を解消したマルニアがライジングポイントを通過したが、追うべき二人の背中はすでに小さい。
大した障害の無い路で抜き返すのは難しそうだ。
「リパゼルカとカテラリアの一騎打ちか。……いけるか?」
映像ではリパゼルカが目に見える早さでカテラリアとの距離を詰めている。
それは近距離で最も真価を発揮する強力な魔法を持つカテラリアに近づくという意味だ。近づかなければ逆転は不可能だが、近づくとあの魔法の餌食になるという背反がベベルの不安を誘う。
ザムは少し笑って、それから苦痛に身体を丸めた。
「っぐ、いってえ。嬢ちゃんには期待を裏切ってもらっちゃあ困るんだよな」
「オレもリパゼルカには勝ってもらわんと困るが……魔法力が持つのか?」
勝ち目は――あるように見える。
妖精は二人の表情を拡大して映しているが、どちらも必死だ。
カテラリアは置いてきたはずのリパゼルカが追ってきていることに焦っている。その焦りに反して、速度を上げる気配はない。
第二区間、そして先ほどのハイコスト
リパゼルカも満身創痍と言っていい。
顔はおろか、見えている素肌の全てが燃えているかのように紅潮しており、いたるところから湯気を吹いている。
ぱちぱちに張り詰めた血管が幾筋も浮かび上がり、時折血玉が弾け飛ぶ。
どちらも限界だったが、この場面においてはリパゼルカの方が早く飛翔し、そしてリパゼルカの方により早く限界が訪れる。
ベベルはそう見て取った。
「だとすると、勝負を決めるのはこいつじゃねえか?」
「こいつ?」
「おいおい、お前がよこしたんだろうがよ」
ザムが懐から取り出した試作のクッキーは包みの中で粉々に砕けていた。
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