3-11

 リパゼルカが振り返ると、ちょうど曲がり角から姿を見せた金属の塊が動揺に震えるところであった。


 角を曲がったら生身の人間が立っているのは、普通に飛んでいてもビビってしまうところだ。

 レース中は事情が変わるとは言え、その恐ろしさは倍どころではない。

 観戦者ならぶっ飛ばして終わりだ。危険な場所に立ち入ったそいつが悪い、事故として処理される。

 だが、同じレースの参加者が待ち構えているとなると話が違う。事故として処理されるのは、果たしてどちらか。


 外装に身を包んだ選手は、リパゼルカが生身であることに気付いたのか、わずかな間ながらも加速を入れた。リパゼルカを外装のパゥワーで吹っ飛ばすつもりだ。

 リパゼルカには都合が良い。


 外装と接触する直前、リパゼルカは素早く身体を持ち上げた。

 飛んでくる外装の真上をくるりと回転しながら超える。そして相手の外装後部に踵を落とした。


 身体強化を踵に集中した結果、外装の防御こそ抜けなかったが、相手は制御を失った。後方が沈み、先端が上向く。

 加速して突入してきた外装はコントロールを失ったまま、天井の穴から上層へと消えていった。


 ここまで一秒に満たない。規則は守ったのでヨシ。


 リパゼルカが天井に寄って耳を澄ませると、穴の先、上層の方から歓声が響いて降りてくる。


「元気よく出て行ったな!」

「ニセモンだとも思わんで……くっくっく」

「はっはっはァ! こんな近くに出口があるわけねェだろうがっ!」


 一部はリパゼルカが脳内で補完したが、このような笑い声が聞こえてきて、訝しんだことが正解だと胸を撫でおろした。


 ついでに刺さっている旗も確認したが、見た目は似ているものの全く違う模様だと判明。チェックポイントで見た旗とは布の質も模様の出来も、見比べるまでもなく雑だった。

 次に旗が出てきたら近寄って確認しようと決めて、次の魔法印を目指す。


 想定として、出口は第二チェックポイントに近いところと逆に遠いところにあるのではないか。


 西側から入ってきて、東側へ抜けるのが第二区間の大まかなコースゆえ、大体東に向かえばおそらくは近い出口に出る。逆にこの近辺を探せば遠い出口に当たる可能性が高い。


 どちらを選ぶのかと問われたら、リパゼルカはの選択肢は近い出口しかありえない。

 リパゼルカとしても迷路は早々に脱出したいが、脱出した後のことを考えるとどうしてもそうなってしまう。

 他の選手は外装を用いており、リパゼルカは用いていない。

 当然ながら同じ距離を何の障害もなく進むだけのルートは分が悪い。


 トッテマ謹製の魔法力回復メシを事前に摂取しており、ほんの少しは無理が利かないでもないが、ベベルにも言われた通り、ここはまだ無理をする区間ではない。

 迷わなければ距離的には短くなると思われる迷路を最速攻略することが勝利への近道なのだ。迷わなければ。


 小広間に辿り着く度、あの手この手でポイントペナルティを背負わせようと間違った出口に誘導してくるのを看破し、先へ進む。


 途中、本物の出口らしき小広間に当たったが、飛んだ距離から考えると遠い出口だと察せられたのでそこはスルー。

 本物らしき旗がチェックポイントのように二本並んでいたから本物だと判断した。

 何もしないのも芸がないので、道中で辟易して回収してきた偽物の旗も一緒に刺しておいた。これで勘違いして、迷路の奥に進んでくれたらラッキーだ。


 迷路を進む。何度か行き止まりつつも、おそらく正しいであろう路を行き、いくつもの小広間を過ぎる。


 不意に。

 リパゼルカは足をつるりと滑らせた。


「なっ――!?」


 ごっちん、と蹴ったはずの壁に頭をぶつける。とても痛い。

 しばし、ぶつけた頭を抱えてうずくまる。

 脳みそが二つに割れるかと思ったが、かろうじてたんこぶが出来るくらいで済んでいる。


 涙目を拭い、リパゼルカは壁の表面を調べた。


 迷路の道程で、路の壁や天井は【硬化】の建築魔法こそかけられていたが、摩擦が無くなるほど研磨されていた壁はなかった。正しくはそこまで手間をかける価値がないということ。

 踏み台にして滑るほど、つるつるしていないはずなのだ。


「……これは……、氷……?」


 パッと見では暗さもあって認識し辛いが、土に隠れるようにして霜の如き薄氷が張っている。薄氷ではあるが、リパゼルカが蹴っても砕けない。自然界にあるまじき頑強さを発揮していた。


 薄氷は奥へと続いている。


 用心して歩いていくと小広間へと出た。そして小広間には入れないよう、透明な氷の壁が路を塞いでいる。真っすぐ飛んでいたら顔面からこの氷壁に突っ込んでばたんきゅーという寸法だ。


 この罠は住人の仕業ではない。ここの住人は騙される選手が見たいのであって、物理的に飛翔不可状態に追い込むような手段は使わない、と考察していた。ベベルが。


 リパゼルカにしても壁蹴りで進んでいなければ、脳みそが二つに割れる程度では済まなかったかもしれない。危なかった。


 視覚情報からではほとんど気付けない緻密な仕掛け。

 これを仕掛ける選手にリパゼルカは心当たりがあった。


 ランドステラ帝国からの訪問者、カテラリアである。


 唯一確実にリパゼルカより先行しているのは彼女だけであり、カテラリアの外装は青っぽい色をしていた。

 詳細な特性は知らないが、色からして水氷系の魔法行使にいかにも効果がありそうだ。名ばかりを聞いたことのある氷銀製であるならば、まさしく。


 リパゼルカはひとしきり氷壁をげしげし蹴ってみたが、氷壁は「虫でも止まったかな?」と言わんばかりにピンピンしている。これはダメだ。


 氷越しに、小広間の天井に旗が二本刺さっているのを見つけた。似て非なる旗でなければ、ここが近い出口に繋がる穴だろう。

 戻って他の道、というのは割に合わない。


 リパゼルカは顎に手を当てて思考に沈み、


「……氷を張っても平気なら、これも大丈夫なはず」


 カテラリアの想像の外を行く一計を案じた。

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