3-12
リパゼルカが第二チェックポイントに辿り着くと、すでに二名が先に到着していた。
マルニアとカテラリア。
先頭争いとしては順当な面子……にケイル・カテラリア組を数えるのは、知見が不足していたと認めざるを得ない。いや、リパゼルカの知見はけして他人に誇れたものではないのだが。
ベベルがスタートする後ろ姿を見届けて、リパゼルカは脇に寄っていた二人に近づく。カテラリアはリパゼルカに首を傾げながら尋ねた。
「ゼリー、壁は壊した?」
「壊したと言えば壊した」
やはり、あの氷壁を設置したのはカテラリアだったらしい。小広間に入れる路は四方から伸びていたが、几帳面にも全て氷壁で閉ざされていた。
「外装も無いのに? 氷雪外装:雪華の特殊形態まで持ち出した強化氷壁を? ……そんな馬鹿力は予想外。実は人族ではない?」
「ただの人族だけど」
「おかしい……炎熱外装:炎竜でないと破壊が難しい程度には魔法力を注ぎ込んだのに」
「それってランドステラでは有名な外装なの? こっちでは見たこと無いから比較対象がよく分からない」
しきりにカテラリアがおかしいおかしいと首をぐりんぐりん捻っているが、リパゼルカは話の矛先を逸らしに逸らす。このまま警戒を続けてくれれば、ありもしない強大な幻想で足を滑らせてくれるかもしれない。
リパゼルカが取った手段は至って簡単。
――新たに路を掘った。
たったそれだけである。
氷で覆われていないところまで戻って、横路を掘って小広間に向かう。
硬化が施された土壁だが、スクラップ・アンド・ビルドが根底にある路だ。一般人が作った路を空駆者が破壊しようと考えて、破壊できないはずがない。
リパゼルカはポーチから急速補給向けのジェルを取り出し、パキリと蓋を折って、中身を吸い上げる。予定では甘酸っぱい果物の味であった。
「見たことのない商品だな。それも参加賞でもらったやつか?」
手持ち無沙汰なマルニアが話しかけてきた。
すぐにでも第三チェックポイントに向かいたいところだが、チェックポイント間の移動はスタッフの指示に従うことになっている。ある程度選手をまとめて移動するということなので、後続の選手を待ちスタッフから指示が出るまで待ちの時間だった。
「アレと一緒にすると開発者に失礼」
「あぁ……話を聞く限りだと麻薬だからな」
「まだ飲食に堪える味をしていて偉かった。こっちのはゴミ食べた方が美味しい」
「……なるほど、俺は良くないことを聞いたな、忘れてくれ」
そっと摺り足で離れていくマルニアを追いかけ、リパゼルカは再びポーチから取り出したジェルをマルニアに差し出した。
「トッテマ様が鋭意開発中の魔法力回復増進食。感想がほしい」
「いや、すまないがジェルは持病の痰に悪くてな」
「飲み物もある」
「水分は持病の下痢に悪くてな」
「クッキーもあるよ」
「固形物は持病の歯痛に直撃だ、悪いな」
「ララキア様に無いこと無いこと報告させてもらう」
「ぐっ……いや…………、そう、持病の頭痛がな…………決して食いたくないわけではないが、ちょっと持病がな、お嬢も許してくれるさ、きっとそう」
「じゃあお酒が飲める調子の良い時に酒受けで出してもらうよう、ララキア様にお願いしておく」
「………………地獄から来た死神の所業の真似はやめろ……!」
「単なる人族の所業なのであしからず」
在庫の消費先を確保して、リパゼルカはぐっと拳を握った。このまま全部、ララキアにお願いして消費してもらえばいいのでは?
そこにカテラリアが興味津々で「これは?」とやってきたので、リパゼルカは彼女にもお裾分けしてあげた。
敵に塩を贈ることになるが、外装のあるカテラリアにはデメリットの方が大きい。
「これは、魔法力の回復を増進する飲食物。休息を取らずとも、じんわり魔法力が戻ってくる……というのを目指して開発中」
「なるほど、氷精華の花蜜、それを人工的に創ったわけ」
「やめておけ、ランドステラの。それを食べたら苦しい思いをするぞ」
リパゼルカは会話の邪魔をするマルニアを睨みつけた。
「苦しい? ……まさか、毒を?」
「毒ではないと思うが、毒だと感じる可能性は高い。これを創った女性は味覚が狂っている」
「トッテマ様の誹謗中傷はやめて。このドリンクは爽やかな酸味と控えめな甘さで飲みやすい味になっている予定」
「予定って何だ」
「出掛けに新作だって渡されたから、実飲はまだ」
「まずはリパゼルカ、お前が飲んでから人に渡せ」
リパゼルカは二人の分までポーチから取り出して言った。
「飲んだら二人も飲むということで良いなら」
マルニアとカテラリアは目を合わせ、
「私は構わない。少し興味がある」
「えぇ……、マジかよ……。飲みたくねえが、ここで拒否したら男が廃る……お前ら二人が飲み干せたらな!」
快く了解を得られたので、リパゼルカはクイッとドリンクをさっさと飲み干した。
ケロリとしている様子にマルニアが目を剥く。
「……アイデアル博士の手作りだろう?」
「うん。マズい」
「そうは見えないが……えっ? なんで平気な顔してんだ?」
「慣れ?」
リパゼルカに続いてカテラリアの番である。
「どんな味だった?」
カテラリアの事前調査に、リパゼルカは実直に答えた。
「ええっと……、汚水からゴミと臭いを取り除いた味」
「わァ……」
「そんな感想が出てくるモン飲んで平気なのはもう狂ってるんだよな」
蓋を取り、慎重に香りを嗅ぐカテラリア。
「あまり汚水に繋がる臭いはしない……」
香りはむしろ良い方だ。あとからいくらでも添加できるので。
やる気を削ぐことは言わず、リパゼルカは手旗で実飲を促した。
どちらかといえばリパゼルカとマルニアのやり取りを胡散臭い目で見始めたカテラリアがドリンクに口を付ける。
「もしかして、その博士とやらを知らない私をからかっているのでは? ……んっ、ピッ!?」
一気に喉奥に流し込んだカテラリアは奇声を上げて、その場にぶっ倒れた。
「お、おいっ!? 大丈夫か!?」
「大丈夫」
「リパゼルカ、お前にゃ聞いてない! スタッフーっ! 医者を呼べーっ!!」
俄に慌ただしくなってきたが、リパゼルカは落ち着いてマルニアにドリンクを手渡した。
「おまっ! 人がぶっ倒れるようなドリンクを飲めと!?」
「約束したから」
「――っぐ、いやしかし」
「カティに飲ませておいて、自分は飲まないの、ズルい」
「それはこいつが……」
マルニアの口から反論が突いて出たが、ふと倒れているカテラリアから見られていることに気が付いた。
わずかな間の失神から復調したカテラリアは、死んでから時間の経った魚のようにどろりと濁った目でマルニアをじいっと見つめていた。
飲まないの?
「ちくしょうが! 飲んでやるよ、ほら! 見てろよ!」
マルニアも瓶を一気にあおり、中身を丸呑みするように嚥下した。
しばし時間が止まったかの如く微動だにしないマルニアの感想を待っていると、今度は不規則なリズム音を足元で奏でながら震えだした。
徐々に震えを大きくしていき、鼻と目頭から橙色に光る液体を漏らし始める。
最終的にはピタリと震えが治まって意識を残している様子で反応を終えたので、リパゼルカは尋ねた。
「これの改良品を市場で売りたいらしいのだけど、どうやったら売れるかな」
マルニアは潰れた虫のような声で答えた。
「毒として売れ」
なお、当然ながら医者の診断では健康そのものと判断された。
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