3-10

 リパゼルカが「こんにちは、ゼリー」と声を掛けられたのは、第一チェックポイントの選手待機所でだった。

 集まった選手たちの中でも珍しい外装がいるなあと注目を集めていて、それが話しかけた相手も<暁天>では珍しく生身ということで、そこはかとなく視線が向けられていた。


「こんにちは。今日はよろしく、カティ」


 返事をするとカテラリアは小さく頷いた。


 外装は結構な割合で頭部を守る兜があり、カテラリアもご多分に漏れず頭から首元までをきっちり覆っている。

 それでもすぐにカテラリアだと分かったのは、外装を形作る金属が透き通っていたからだ。


 ラスオリア王国では滅多に見ないが、氷銀と呼ばれる金属で造られた外装は、文字通り、氷のように透明だと聞く。


 逆さ花びらを纏ったような造形で全身が覆われ、どこもかしこもスケスケだが、大事な部分はうまいこと不透明になっている。角度によっては見えてしまうのではないか。

 そう考えたのは他にも居たようで、さりげなく立ち位置を移動しているおっさんにリパゼルカが目を向けると、居心地悪そうに逃げていった。


 やり取りに気付いているのかいないのか、変わらぬ口調でカテラリアは話を続ける。


「ゼリー、外装は? 修理中?」

「もともと持ってない。生身での参加」

「<暁天>で? それはすごい魔法力の量……。魔法使いへの道を進むべきなのでは」


 あまりにも直接的に情報を探ってくるカテラリアにリパゼルカも別段隠すことなく伝えた。


「魔法力はいくら鍛えたところで外装には敵わない。魔法使いになれるほどの能力も無い。今は依頼をしていて完成を待っているところで、今回はその待機中にレースのお誘いがあったから参加しただけだよ」

「それでもゼリーは<暁天>を生身で戦って勝てると思ったからここにいる」

「距離が短くて、市街地でのレースだから」

「確かに生身向きのコースだけれど、それで外装に勝てるかと言えば別の話。ゼリーからは自信を感じる」


 カテラリアの指摘に対し、リパゼルカは不敵な笑みを作ってみせる。


「それなりに、外装との戦い方は覚えてきたからね」

「……なるほど。楽しみにしてる。良き飛翔をグッド・フライト

良き飛翔をグッド・フライト


 お互いに健闘を祈ったところで、運営スタッフが何名かを呼び出した。


 この待機所ではレースの状況を知ることが出来ず、相方が無事にチェックポイントに近づくと、こうしてスタッフから呼び出しがかかって順位が分かる。

 レース状況を把握させないのは、待機所での妨害を防ぐためだと事前に説明があった。有力な選手の相方を集団で潰すことも可能は可能なので。


 呼び出しがあったのはカテラリア、リパゼルカに続きマルニア。おおよそ順位に沿っての呼び出しだと思われる。

 残念ながらリパゼルカが注目していた、地元の名前が強そうなディルガーン・ピスキスのペアは呼び出しがかからない。他にも何名か呼び出されたが、ベベルが有力視していたチームのメンバーな気がした。


 第一チェックポイントには間隔を空けて模様のある旗が二本立っており、その間をゴールテープが張っていた。

 その先に交代区間があり、制限時間内に相方が奥にも立っている旗の向こうへ飛び立たねばならない。


 スタッフがチェックを確認したら登録番号を読み上げる、とのことなので、相方はすぐさまスタート出来るように待ち構えていても大丈夫だ。

 しかし今回、リパゼルカとベベルはそのスタートを遅らせてでも、この第一チェックポイント交代区間で打ち合わせをすることにしていた。

 第二、第三と遅れるほど、情報を共有する余裕はなくなると見込んで、だ。


 一番手に遅れること数十秒、ベベルがチェックを入れた。飛翔時間は短いはずだが、肩で息をしている。妙に疲労が大きい。

 まずリパゼルカが分かっていることを伝える。


「一位はケイル・カテラリア組、ランドステラの出身。二位がベベル、三位はザムとマルニアの予定」

「なるほど。ランドステラ組は常に全力飛翔の可能性がある。第二区間は無理せず、第四でポイントを取る方向で行くぞ」

「分かった。とりあえず迷路の出来を見てから第二は考える」

「……そうだな、行けそうなら頼む」


 そこで話を切ってスタートしようとしたリパゼルカに、ベベルが忠告を投げた。


「もしかしたら想定外の障害があるかもしれん。あまり無理はするな」

「想定外はレースの常だと思うけど」

「ランドステラ組が何かを仕掛けている可能性が高い。それがなんだかは不明だが、とにかく頭の片隅に入れておけ」

「……分かった。行く」

「頼む」


 今度こそ、リパゼルカは暗い地下通路へと飛び出していった。


 リパゼルカの担当する第二区間、ジャイダ下街の下層部、通称迷路区間は毎々観戦者人気の高いゾーンだ。最下層の細い道を抜けると、今度はわけのわからんほど多い分岐路に悩まされ、選手が間違えば間違えるほど観客は歓声を上げる。


 コースレイアウトは開催の度にちょいちょい変わっているが、この迷路区間だけは必ず組み込まれ、そして必ず下街下層部で行われる。

 その最たる理由が、下街の下層部住人における最大の娯楽が、この迷路作りだからだ。


 ジャイダ街区の大まかな区分けとして上街・下街、それぞれ上層下層と四つに分けられる。どっちが偉いとかではなく、開放的な場所を好む人が上街に住んで、天気に左右されない日々を送りたい人が下街に住むといった感じだ。

 下街の上層こそ山の内側を大きく刳り貫いて、人らしい家を建てて住んでいる。しかし、下層は土竜かワームのような住環境である。


 そこかしこにちょっとした人が集まれる小空間や上層に繋がる穴こそあるが、一度下層の内部に入るとどこが通路でどこがプライベートスペースなのか分かったものではない。

 路だと思って歩いていたら、行き止まりで寝藁にまみれて着替えている男性に突き当たったこともある。

 家はとりあえず寝るところだけあればいい、みたいな価値観の人や、あまりにもものぐさな人が集まる地域とも言える。

 その割にはみんな綺麗好きで、公衆浴場は大盛況らしい。綺麗好きだからこそ汚れる物を何も持たないのかもしれない。


 この迷路区画の何が問題かというと、誰も正解を把握していないことだ。


 下層は日頃から頻繁に路が増えたり減ったりする。上層に繋がる小広間を移動させないこと、小広間以外から上層に穴を空けないことを守れば、好きに路を掘っていいのだ。

 そして、そこがレースの舞台になるということで、下層の住人は総力を挙げて迷路を作り上げる。そういう意味で考えると、人に嫌がらせをするのが好きな人の住む街とも取れる。


 そんなやつらがレースの開始直前まで路を掘っているものだから、正確な地図などあるはずもない。


 幸い、小広間だけは位置や大きさをいじることが禁止されている。

 よって辿り着いた小広間を基準に迷路を探索することになる。


 迷路からの出口は二箇所設定されていて、その出口はいずれかの小広間から上層へ繋がる穴だ。外縁へ繋がる場所に出る。分かりやすく印の付けられた出口以外を通って迷路から脱出した場合、ポイントペナルティを受けた上で迷路に戻らなければならない。


 リパゼルカは狭い路を飛翔する。

 小柄なリパゼルカが狭いと感じるのだから堀路は飛翔するには相当に狭い。突貫工事ゆえか、わざとなのかは不明だが、先日下見をした時よりも路が細かにくねっていて見通しが悪い。

 【灯り】の魔法が一応程度に置いてあるけれども、視界の悪いところがほとんどであった。【暗視】系統の魔法を使用してはいるが、光源が少なすぎてあまり効果を感じられない。

 下手すると飛翔せずに走った方が良いかもしれない。


 路を進むうちに、飛翔というよりも壁を蹴って壁に飛び移るといった動きに変わってくる。やはり高速で飛翔すると壁に衝突する危険の方が高いと感じた。


 いつの間にか最下層を抜けたようで、次々と分岐が現れだした。リパゼルカは途中で枝分かれする路から迷いなく一本を選んで進んでいく。


 リパゼルカが迷わないのは仕掛けがある。


 どのチームも行っていることだと思うが、下見に来た際、印を残していた。

 リパゼルカにだけ分かる魔法印を残し、その魔法印をどの方向にあるか探査している。いくつも反応がある中で、最も近い魔法印がある方へと伸びる路を選んでいるに過ぎない。

 必ず組み込まれるであろう迷路区間に対する最低限の対策である。


 選んだ道が途中で折れ曲がっていて変なところに運ばれてしまう可能性もあるが、何の目印もなく進むよりはマシだろう。

 近くの魔法印、最初の小広間に飛び込んだリパゼルカは、先を急ごうとして、しかし足を止めた。


 天井から繋がる穴に、チェックポイントで見たやつと同じ旗が一本刺さっていたからだ。


「こんな早くに……?」


 あまりにも近すぎる出口の設置。

 疑心暗鬼になったリパゼルカは、ふと背後から響く風切り音に気が付いた。後続が追いついてきている。


 せっかくベベルが奪ったリードをこんなしょうもないところで失っている。穴から出るか、別の路を進むか。どうする。

 背中に感じる圧が判断を焦らせる。


 ……後ろから人が来ている?


「そうか、先に行ってもらおう」

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