3-9

 ジャララ連峰は遠くから見ると針の山だと呼ばれるほど、急峻で突出した山頂が多く見られることで有名だ。

 大陸を縦に割るほどの山々の連なりは竜族をして険しいと言わしめる。


 天まで届かんとばかりに伸びた山頂の代償か、時折、山の合間に刻まれた谷は地の底の底、地の獄に繋がっていると寝物語に囁かれるほどの深さがある。


 レースに組み込まれたジャイダ峡谷はそれらの中で最も浅い谷だが、だからと言って飛びやすいワケではない。

 今回のレースで一番山の恐ろしさを味わえるポイントが、ここになる。


 誰もが聞いたことのあるだろう、「山の天気は変わりやすい」という言葉を五臓六腑に染み渡らせる名所である。


「ふざけやがって!」


 ザムがを大きく迂回して避けながら叫んだ。

 それを避けきれなかった後続の一人が、雨粒に呑まれて墜落する。


 山肌から人間大の雨粒が次々と零れ落ちて、コースの進路を妨害していく。


 『水崩れ』。


 地表に蓄えられていた水が地揺れなどで溢れ出る災害の一つだ。

 峡谷の上部で溢れ出た大粒の水が雨となり、谷底を飛翔するベベルたちを襲う。


 すでに谷底は急流が醸成されており、下手すればやはり死ぬ。さすがに救助隊を用意しているとは思うが、とベベルは緊を張り巡らせてさらに速度を上げた。


 突発的な豪雨のせいで“鈍色の槍”がどこまで進んでいるのかが見通せない。


 それを別にしても、この豪雨を曲芸のように避け続けるのは不可能だ。

 一刻も早く峡谷を抜けることが最善であり、一秒でも早く抜けるには曲芸飛翔ではなく出来得る限り真っ直ぐに飛ぶ。

 スプリントポイントの設置がこの先ということは、運営もそうしろと言っているに違いない。でなければ、意地が悪すぎる。


 ベベルは一息入れるスペースをわずかに確保した。


 雨と雨の隙間、わずか二秒の余裕が見えた。

 すかさず――外装、全結合。


 分離した状態で運用していた外装を、ここにきてベベルは結合させた。

 結合状態でなければ、高出力形態ハイパワーを発揮できない。


「力押しで行く……ッ!」


 刻まれた魔導線が鈍く揺らめき、外装が形態を移行、その体積を倍加させる。倍増したブースターが赤熱した。


 ベベルの結合外装は、全てのパーツに追加ブースターを搭載した特化型だ。

 必然、結合させた時に最も向上する能力は――加速力。


 降ってきた雨粒の壁をブチ破り、呑み込まれかけてもブースターに魔法力を注ぎ込んで這い上がる。


「あっ、おい、ベベル、ずりぃぞ! くっそ、俺も鳥獣じゃないのを持ってくるべきだった!」

「ザムさん、お先に失礼」


 ひらりひらりと舞うように……というよりは、行き当たりばったりにストップアンドゴーで雨粒を避けているザムを追い抜いた。鳥獣外装だからこそ、未だにあんな動きで回避できているのだろうが。


 谷間には本物のデカい鳥も生息している。

 事前の調査では狩りに来る肉食性のヤツらが最大の障害になるはずだった。そのデカい鳥もこの時ばかりは山肌に空いている巣穴に引き籠もって出て来ないでいる。

 むしろ、たまに雨粒と一緒に巣穴から押し出されて、谷底の激流に沈んでいくものもいた。


 その末路を見つめた先に、激流を遡る影を視認した。


「水中だと……!」


 どこを見渡してもいなかった“鈍色の槍”は激流に逆らい、水中を魚のように泳いでいる。

 いや、泳いでいるという割にはあまりにも動きが直線的に過ぎる。


 ――水中を、飛んでいる。


 そう表現すべきだろうか。激流を無いもののように無視して進んでいく速度は、とてつもなく早い。

 放たれた投槍が真っ直ぐ進んでいく。


「あんなことが出来る外装は聞いたことがないぞ!?」


 それはそうだ、わざわざ水中を行く必要がない。

 しかし、ここに至っては効果的な場面だと認めざるを得ない。


 ベベルも爆進しているが、何の邪魔も入らない水中を真っ直ぐ進むのとでは効率が違う。激流をいなす能力があってこその効率だが。


「クソッ、この雨もあいつが仕込んだな!」


 一人にだけ有利なコースが存在するはずがない。


 なんらかの手段で、有利になる水崩れが起きるように準備をした。


 その行為自体には誰もが『自分が有利になるならば』行う準備だと理解できるので、思うところはないが、してやられた感は拭えない。

 ここで優位に立てる、かつ他者の篩い落としと消耗を狙って、最初からハイペースで牽いて余裕を消させていたに違いない。


 ベベルは舌打ちをした。

 一ヶ月も準備のために前乗りしていたのにこの様だ。


「借りは返すぞ……第三区間でな」


 第一区間ではこれ以上競っても勝ちがなかった。“鈍色の槍”の手の内で争うには犠牲が大きい。

 リパゼルカに優位を残せないのが惜しいが、レースを続けることが大事だ。


 “鈍色の槍”に続いてスプリントポイントを二位で通過し、その流れで第一チェックポイントに到達。共に二位通過で、合計十七ポイントを取得した。

 一位の二十五ポイントとは八ポイントの差がついたことになる。


 まだレースは三つの区画を残している。

 ベベルは気付きをいくつか伝えて、リパゼルカと選手交代した。

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