3-8

 大半がスタートダッシュに遅れたとはいえ、そこは歴戦の猛者たち。

 序盤のペースこそ乱れたが、逃げを打つベベルとザムを順当に追い込んでいく。


 通常<暁天>のレースともなれば、一日を一ステージと区切り数日をかけて行うステージレースになることが多い。各日でそれぞれ勝者を出しつつ、最終的には時間やポイントなどで総合的に全日通して最も速かった者が優勝といった形だ。

 むしろレース等級が増す毎にコースの距離も伸びてしまうので、ステージレースにならざるを得ないのが実情だ。そしてステージレースで勝つためにチームが組まれるようになった歴史がある。


 ゴールまで道中の負担を背負うアシストと、アシストたちの代わりに他のチームを押し退けてゴールを取るエース。エース以外はみんなアシストだ。

 エースを勝利させるためにチームはある。


 しかし、今回の【ジャイダ・シティスプリント・ペア】はエースのいない稀有な<暁天>レースだ。


 距離や高度が等級基準に満たなくとも、政治的環境など様々な要因で格上げされる場合がある。

 【ジャイダ・シティスプリント・ペア】はゴール想定タイムが四時間という非常に短いレースであり、魔導列車で繋がっておりながらも国家を挙げて発揚すべき都市でもない。

 そういったことから普通なら<朝露>クラスに格付けされて、しかるべきレースと言ってもおかしくはない。


 本来の等級から<暁天>へと格上げされた理由は、偏に完走難易度の高さにあった。


 各チーム、エースはおらず、そして飛翔するのはチームで自身一人の状況。<暁天>でありながら、短いコースレイアウト。

 すなわち普段は自制していた全力を、自らのために、残りの距離を気にすることなく発揮しても良い。


 そういうレースで、日頃アシスト役に徹する面々には、実力を誇示する千載一遇のチャンスだった。


 メイン集団を牽く“鈍色の槍”に続き、細長く伸びた形で最初の登りを調子良くクリアしていく。

 鐘楼までの登りをハイペースで終えたメイン集団は、一足先に山下りへと入った逃げの二人を猛追すべく、そのハイペースを維持して急滑降に挑んだ。


「おお、こええなぁ!」


 後ろに迫る集団を股下から覗き見たザムは、飛翔する場所をコースの中央からガイドロープの傍へとズラした。

 ベベルもそれを受けて、反対側のガイドロープに寄る。

 逃げの失敗を悟り、メイン集団に飲まれることを受け入れたゆえの横寄りだ。ザムが逃げるのを諦めた以上、ベベルもそれを受け入れざるを得ない。


 空いたコースの中央を集団が通過していく。細長い列の切れ目に、ベベルは素早く滑り込んだ。

 集団に吸収されたベベルは少しばかり休むことにした。二人で先頭交代をしながら逃げるのと、集団のトレインに乗るのでは疲労が格段に違う。


 逃げが失敗したのはレースの流れ上仕方のないことだ。

 しかし、ベベルは休みながらも集団の様子を窺い、むしろ早めに飲まれて良かったかもしれないと思い始めた。

 ザムが溢していたように、逃げを吸収したメイン集団は明らかに異様な雰囲気にあった。


 ペースがあまりにも早すぎる。


 逃げを吸収してなお、ペースが上がっている。ゴールを目前にして邪魔者を振り払うかのような。

 第一区間のゴールですらあと二十分は飛ばないと見えてこないはずの段階で、このレース運びは確実に相当な数の飛翔不可状態リタイアを生む。


 集団と呼ぶには前後で長く伸びすぎている。

 これは前方の牽引と集団の許容できる速度の違いに起因する。

 そもそも集団を組むメリットの要素として、第一に集団の全員がゴールに辿り着く、という項目が挙げられる。


 強力な外装を以ってして、そこに競技性を持ち込むと完翔する可能性が落ちてしまうのが星駆けだ。

 何日も続くステージレースの場合、初日で脱落者が続出、生き残った者も疲労困憊なんてことになったら、興行としても失敗だ。全く盛り上がらないだろう。

 そのため、勝負処までは適切にペースをコントロールし、多くの人員で先頭交代することで消耗を抑えて、大勢をゴールまで運ぶ目的で集団を組む。さすがに集団からも遅れるような者は力不足なのだが。


 つまり、こんなレースの序盤も序盤で集団の先頭が出す速度ではない。“鈍色の槍”が何を狙っているのか。


「……ちっ、考える暇もないな」


 ベベルは前方で集団が切れたのを見て、位置取りを上げていく。

 トレインが中切れを起こした時に後ろ側にいると、そのまま置いていかれてしまう。

 同様に前へと向かうザムと視線で協力を約束し、二人でなんとか前集団のケツに引っ付いた。


 このようなレース展開は中盤から終盤にかけて、勝負する人数を振るい落とすために行われる。


「どう思う?」


 ザムの問い掛けに、ベベルとしてはもう、こう答えるしかなかった。


「オレの奇襲なんて甘っちょろいモンだった。――もう終盤だってことだろう」

「どんなヌルい星駆けになるかと思いきや、とんだ劇物が混じってやがった。ビビるぜ“鈍色の槍”」


 集団の中で様子見、などとぬかしている場合ではない。その見解で合意する。


 考えてみれば合計で四時間、その半分で二時間。その程度、全速力で飛び抜けられないはずがない。

 自前の魔法力だけで飛ぶならともかく、外装にはインスタントな魔法力が過多に積載されている。きっちり使い切るつもりだ。相手はステージレース終盤、ゴールの奪い方を知っている。


 唐突に山肌に現れる大岩や建造物、先の尖った針葉樹を避けながら、ベベルは速度のレベルを一段階上げた。

 同じ作戦を“鈍色の槍”の相方も取るならば、リパゼルカにとって苦しい戦いになる。少しでもベベルが有利を作らなければならない。


 トレインの横を少しずつ上がっていく。


 ザムをお尻にくっつけてきたと思ったが、ベベルが後ろを振り向くと小規模なトレインになっていた。

 察しの良い者たちが元の集団を見捨て、より有望なこちらに移ってきたのだろう。


 もはや“鈍色の槍”は、集団の先頭から隠れていた逃げ選手だと認識が変わり、それを追う少数の実力者という構図になってきた。

 “鈍色の槍”としては単純に自分のペースを守っているだけかもしれないが、レースの破壊者としてこの区間はもとより先々でも相方を含めて全員に狙われるのは確実だ。最初はその役割を、皆の意表を突いたベベルが担っていた。そういう意味では明確に敵役を奪ってくれた点で感謝できる。


 山を中腹まで下る頃にはメイン集団の人数は半分をとうに割っていた。


 ベベルを含む十数名で山を回り、ジャララ連峰との間にある谷へと進んでいく。

 残った面子にベベルは舌打ちをしたい気分であった。


 軽量級の外装がほとんどいない。


 ジャイダは複雑なコースレイアウトになることが事前情報から読み取れる。路が細いことも当然。

 図体がデカい重量級の参加はおらず、中・軽量の路幅を消費しない外装を持ってきている。


 序盤から速度勝負になってしまった結果、狭い場所での機動力にスペックを振りがちな軽量級の外装が軒並み振り落とされてしまっている。本当にザムぐらいしか残っておらず、それもマズいと考える元凶だ。

 ベベルの結合外装と似たり寄ったりな選手ばかりがいて、これでは『まぎれ』が起こらない。


 まぎれとは不確定要素が生む勝敗の揺らぎ。


 突然の強風でも、相手が突然下痢になるのでも、なんでも構わないが想定外の事象が格上相手への勝利には必要だ。

 要素のバラエティが多ければ多いほど、まぎれは起きやすくなる。逆に要素がシンプルになるほど、実力が問われる。

 ここまでの一連の流れで、ベベルよりも早い相手が間違いなく一人居ることは把握している。


 もちろん、ザムだ。


 アル中だろうと腐っても『DPS』の一員だけあり確かな能力があった。街に戻ったら内部の複雑な路で勝てる気がしない。


 それに“鈍色の槍”もここまで、ただ早く飛んでいるだけだ。

 早く飛んでいるだけで、ここまでの影響を与えている。実はこれであっぷあっぷしていて、勝負が決まらなければキツいとかなら大変助かるが……二の矢、三の矢を隠していることは予想に難くない。


「とんだ愛の試練だぜ」


 ベベルは唇をちろりと舐め、先行している“鈍色の槍”を追って、スプリントポイントが設置された谷底に飛び込んだ。

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