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「申し訳ございませんが、当社ではそういった持ち込みについて承っておりません」


 にっこりと笑顔で告げられて、リパゼルカは「うっ……」と呻いているうちにぺぺいっと店を放り出されてしまった。

 受付の店員は口調こそ丁寧だったが、腹の裏で「さっさと帰れ」と思っているのが透けて見える圧を感じた。


 振り返って販売店の中を伺うが、受付さんの笑顔が未だにリパゼルカをロックオンしている。すごすごと退散する他になかった。


「頑張って書いたんだけどなぁ……」


 見てももらえなかった手元の資料に落胆の溜め息を吐く。


 これでもう六店舗ほど門前払いを喰らっており、さすがのリパゼルカも諦めを覚えつつあった。

 反省はいくつもあるが、それを生かすのは難易度が高い。


 前提として、リパゼルカには付き合いのある工房がない。


 これまで外装を必要としていなかった……ワケではないが、費用を捻出出来なかったので外装工房に出入りする機会がなかった。

 一見さんが持ち込みをしたところで、偏屈な職人に叩き出されるだけと偏見が勝ったので、そちらには持ち込まなかった。どこの工房が技術を持っているのかも知らなかった点も大きい。


 技術力を問題にしないのはやはり大手だと思った。

 そこで領や国をまたいで店舗展開している《イレブンホーク》社やテティスお気に入りの《ネイチャー》社のトトガンナ店に資料を持ち込んでみたが、けんもほろろに断られた次第である。

 あくまでただの販売店舗なので、そういったことについては領都あるいは王都の本社に話を付けてください、とのこと。


 全くもって反論できないが、王都なんて行くだけでお金がかかる。それに外装工房の本社なんて、企業秘密の温床だ。リパゼルカの話を聞いてくれるとは思えなかった。


「はぁ〜。コネでもあればなあ……」


 話ぐらいは聞いてもらえたかもしれないのに。


 ――その時、ピィーァと高く長い鳥の声がリパゼルカの耳に届いた。


 視線を空に向けると、まばらに浮かぶ薄雲を背景に宙が揺らめき、何もないところから【青い鳥】が現れる。

 【青い鳥ブルーバード】の魔法だ。


 リパゼルカが左手の甲を差し出すと、指先に青い鳥が止まり、また一度鳴いてから魔法力を霧散させ消えていく。リパゼルカの指先に一巻きの手紙を残して。

 手紙というよりメモ書きに近いか。

 【青い鳥】の魔法は広く普及していて、子供から大人までよくちょっとしたことで使われる。お互いに対面で魔法力の登録作業をしないと相手に鳥を送れないので、こうして【青い鳥】をやり取りする仲なら、知り合い以上と言って良いだろう。


 くるりと丸まったメモを開くと、ララキアからご機嫌と次の出場レースを伺う旨が記載されていた。


 あのレースで知己を得たララキアからは意外にもこまめに【青い鳥】が届く。間延びした口調とは違い、あっさりとした文体で公務の愚痴が書かれていたりする。

 実力を考えれば未だに雲の上の人だが、ようやく自然体で返事を戻せるようになったところだ。


 まだレースについては考えていないこと、やりたいことが上手くいかなくて悩んでいることを簡単にメモ書きの裏に印字魔法で綴り、【青い鳥】を送り返す。

 鳥は鳴き声を上げて指先から飛び立ち、雲の隙間を溶けるようにして消えていった。


「コネさえあれば悩まなくて済むのになー」


 【青い鳥】を見届けて――ふと、首を捻った。


「……あれ?」


 先日の【トライアングル・タイムトライアル】が終わった後、全ての選手が領主様主催のパーティーにお呼ばれして労われたのだが、リパゼルカはその場で色々な人と【青い鳥】の交換をした。生身で善戦したから目立ったのだろうと、ありがたく交友を深めさせてもらったわけだが。


 ちょいちょい雑談を振ってくるので忘れていたが、よくよく考えるとララキアは立派なコネなのでは?


 領主の長女以上に強力なツテはそう無いはずだ。

 だがしかし、いくら【青い鳥】を送り合っていても、リパゼルカはそこらへんの雑草にすぎない。あまり思い上がってもいいことはない。


 とりあえず低姿勢で聞くだけ聞いてみることにした。

 自作した資料の中から、希望する外装の簡単なイラストを描いたページの裏に、手紙を書く。


「外装を導入したいのですが、ご相談させていただいてもよろしいですか?」

『週末、領都においでなさい』


 追加で送った【青い鳥】が即座に送り返されてきて、リパゼルカはわーいと週末の予定を後ろに倒した。

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