2-2
ぱたぱたと口元を手で扇ぎ、テティスはまじまじとリパゼルカを見つめて、感想を言葉にする。
「まさか、リパゼルカさんからそんな殊勝な台詞が飛び出してくるとは夢にも思わなくて」
「こんなことで殊勝とか言われても困るんですけど……」
「今回三位が取れたから生身でも勝てるぜ、次は一位を取るぜ~~~!!! ぐらいの勢いで来られると思っていました」
「人の事をイノシシみたいに……」
「違うんですか?」
「違います! 今回の挑戦も熟慮あってのチャレンジっ!」
考えなしの猛猪一直線娘と一緒にしないでほしいと心底思う。
リパゼルカとしては今後の進路を考えに考えた結果、<暁天>クラスを実地で体験すべきだと答えを出したに過ぎない。結果的に良い順位を取れたが、これはもう「棚からボタモーチ」というやつで、たまたま幸運にも転がり込んできた予期していないラッキーボタモーチだ。同じ面子で同じレースをもう一度飛んだら負けるに違いない。
「上位クラスに挑戦している人たちを見て、自分に必要なモノを見極める。そういうつもりで参加したんです。それで、やっぱり外装は必要なんだな、って実感しました」
「そうそう、言った通りだったでしょう。リパゼルカさんのために用意したカタログが無駄にならなくて良かったです」
どこか得意気に言って、テティスは「かったろぐー、かったろぐー」と小声で呟きながら引き出しを探し始めた。
なんだかキャラが違って珍しいと思いつつ、リパゼルカは外装について注文をつける。
「あー、っと、テティスさん。要望があるんですけど、いいですか?」
「構いませんよ。リパゼルカさんは小柄ですからねえ、防御力を重視して要塞型の外装とかどうですか? ほら、三位の賞金も入りましたし、《ネイチャー》社のこれとかどーんと」
「それはテティスさんが見たいだけじゃないですか。ていうか、価格、価格。億を超えてるじゃないですか、絶対買えませんよそれ。そうじゃなくて――生身に近い外装ってありませんか?」
楽しそうに広げたカタログをあれこれ指差していたテティスが、途端に難しい顔になった。
「……現行で一番生身に近いのは魔纏外装ですけど、そういう意味じゃないんですよね?」
「そうですね、求める性能が違うかな」
むしろ魔纏外装はリパゼルカの求める内容とは真逆の性能をしていた。それに現在の最新鋭装備だけあって、喉から手を出したところで指先すら引っ掛からない高価格を推移している。
リパゼルカはもっと根本的な力を欲している。
「他の人にない自分だけの強みってところを考えたんですけど、身体の柔らかさ……柔軟性なんじゃないかな、って」
「それは、まあ。他の人は金属の塊で身を固めているわけですし、柔軟性で言ったら生身の比ではないでしょうけども」
「つまり、そう簡単には真似できない箇所でしょう。ミレイズさんを観察して思ったんですけど、柔軟性は高い方が複雑な機動を出来て、戦闘の被弾も少ないんですよね。見習うならこういう部分だろうと思って」
「確かにリパゼルカさんは今のところ小柄ですから、受けたり弾いたりするよりは避けた方が良いかもしれません。上級を目指すなら、人族ではとても受けられない攻撃魔法もありますし……。そうすると、どういった目的で外装を装備します?」
リパゼルカは人差し指を立てた。目的はたった一つ。
「持久力。色々と足りないものはありましたけど、どうしてもこれだけはなんとかしないといけないって思ったのは魔法力量だったんですよね。さすがにこれだけは外装で補わないと無理です」
魔法力は生まれ持った量と質で優れた魔法使いになれるかどうかを問われるが、そういった資質だけで優れた魔法使いになれるわけでもない。
後天的に質を高め、量を増やす技術は確立されており、もちろん個々によって限界あれど、鍛えることで能力を伸ばすことは可能なのだ。
リパゼルカも日々修練を行い自身を鍛えてはいるが、それを鼻で笑うのが外装である。
「これからも魔法力鍛錬は行いますけど、外装って物によっては魔法使い五十人分の魔法力も溜めておけるんですよね? それと同じ持久力を生身で発揮するのはちょーっと無理ですね……」
「前から何度も伝えていましたが」
「トトガンナのレースではあまり持久力は必要なかったから……。いくつもの町を経由するレースに出て、やっぱり必要だなあって。町の外を飛ぶだけで、結構魔法力を消費するんですよねえ。全力で飛ばないといけない場面も多いし、無理でーす」
「ご理解いただけたようで何よりです。となると――」
テティスは最新のカタログを閉じて、カウンターの奥、別の部屋へと歩いて行った。しばらく待つと、【保護】の魔法がかけられた一冊の冊子を持って帰ってくる。
「リパゼルカさんは機能的にはこういった物をお求めで合ってますか」
少し茶色がかった冊子の一ページを指し、テティスは尋ねた。
古い文字形で解説の入った外装は、その絵面を信じるならば相当に小さく見えた。連結型の外装ということで、一つ一つの容量や機能に大きな効果は見込めないが、いくつも並べて繋ぐことで対応する。数は力を地でいく外装らしい。
結合外装と似ているが、あれは一つの外装を分割している形になるようで、またちょっと違うみたいだ。
「珍しいタイプですねえ」
「技術的に製造が難しくて、運用もなかなか悩ましいそうで、流行らなかったらしいですね」
外装にも流行り廃りはあるようだが、現代の主流は巨大化にある。
魔纏外装が一時ストップをかけそうだが、デカいはパワーなのだ。数は力と似ている。
竜族とレースをすることを見込んで……かは知らないが、最高峰の外装は常に前期より一回り大きくなっている。価格も一回り以上に大きくなっているので、外装を売る工房はそちらを狙っているのかもしれない。
主流がそういう時勢であるので、真反対を行くつもりのリパゼルカは相当困難な外装探しを覚悟していた。
その初手でこういった情報が出てくるのは大変ありがたい。
「この連結型の外装って一つの魔法力容量とか、瞬間出力とかはどうなんですか? カタログスペックだと今一つって感じですけど」
「ごめんなさい、分からないわ」
「えっ」
リパゼルカは思わずカタログから視線を持ち上げて、まじまじとテティスを見つめてしまった。
本部に何年もいて世界中の空駆者を見てきたテティスが知らない外装がある。
テティスはいたって真面目な顔で答えた。
「あのですね、リパゼルカさん。このカタログ、何百年前のものだと思います?」
その台詞に嫌な汗がたらりと頬を縦切った。
「ご、ごねんまえ……ぐらい……?」
テティスは首を振り、カタログの裏表紙を露わにした。見たくもないが、そこには『星歴1342年発刊』の文字があった。七百年前のカタログなんか持ってこないでもらいたい。
「性能が今ひとつなのは当然で、この年代のものとしては十分に高出力だったみたいですよ。無理をさせると爆発したみたいですが」
「なにそれこわい。……えーと、そうなるとこれに近しいものはもう売ってない、そういうことですか?」
「その通り。かつては技術的に難しくて、ブースターと魔法力タンクが分かれていたり、マニュアル操作……レバーやボタンで直接外装を起動していたそうです。今は全てのパーツが連動するのは当たり前ですし、ちょっとした思念魔法で操作が可能になりました。廃れて当然でしょうね」
リパゼルカに必要なのは究極的には持久力、つまり魔法力タンクの機能だけだ。
テティスの言う通り、外装は一式での販売しか見掛けず、タンクとブースターは盛り込まれていて当然でプラスどういった機能を加えるか。コンセプトに沿った不必要パーツがゴテゴテとくっついており、価格を爆上げしている。
製造ラインから外れたものを要求すると、それを満たすにはオーダーメイドが必須となり、まず製造に金がかかり、メンテナンスに金がかかり、故障時にも金がかかる三重苦が待っている。
魔法力タンク単体で機能して、それをパーツ売りのような形で入手できないか。
「それは難しいですね……。入手自体は出来なくもないですが、工房からそっぽを向かれます。完成品を使用して当然、そういう意識ですから。メンテナンスもしてくれなくなりますよ」
「でもタンクだけの製品ってないんですよね?」
「現行品ではそうですね……子供向けのエントリーモデルならタンクとブースター、姿勢補助フレームだけのやつがありますけど」
「要求スペックを一つも満たしてない!」
リパゼルカはカタログを投げ出して嘆いた。
少しでも安上がりに、かつ強みを活かす作戦がパァだ。
表彰台に上がったとはいえ、三位の賞金は小鳥の涙にすぎない。外装を買うには、の話だが。
放り出されたカタログをまとめて、トントンと端を揃えるテティスが言う。
「正直な話、この時代は魔法力タンクはついていて当然で、市場はプラスアルファに何を求めるかに重きを置いているんですよ。タンクだけ欲しい、なんて奇矯な人はリパゼルカさんぐらいでは?」
「そんなことないですよ! 運送業の人とか喜ぶんじゃないかな」
「最少容量のタンクをさらにデチューンしても過剰ですねえ」
「ぐぬぬ……」
「私も探してはみますが、あまり期待しないでください。<朝露>でオーダーメイドの金額を稼いだ方が早そう……ああ、あとは……」
「えっ!? 何か方策が!?」
テティスは細い指先を顎に当てて思案していた。少し悩んでいたようだが、口に出してしまったからか「まあいいか」と残る手段を教えてくれた。
「研究所とか開発者に話を持っていくんですよ。コンセプトとか、きちんと資料を纏めて。興味を持ってくれたら試作から関われて、上手くいったら協力者としてお金をもらえる可能性もありますね」
「なるほど分かりました!!!」
「でも、まともな開発者は受けな――」
テティスの言葉を最後まで聞かず、リパゼルカはガタンと床を蹴飛ばして事務所の外へと駆けていった。
「大丈夫かしら……。ツテもないだろうし、下手な工房には行かないでしょうが」
行動力の高さはリパゼルカの良いところだが、見ている側としては不安になることもある。
「詐欺師とかに捕まらないといいんだけど」
懸念を一つこぼして、テティスは引っ張り出してきたカタログを戻しに席を立った。そういえば古書の保管部屋を主任に掃除してもらわなければ。
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