2-1 新たなる力を求めて

「というわけで、ダメでした!」

「想像以上に善戦したというか……なかなかの豪運を聞かされた気がしますね……。とにかく無事で良かった、お疲れ様でした」


 トトガンナに戻ってきて、いの一番にリパゼルカはテティスに結果を報告していた。

 五体満足で帰ってきたリパゼルカに、テティスもホッと肩をなでおろし、全く新人とは思えない成績を受け入れた次第である。


 ダイナー特別<暁天>【トライアングル・タイムトライアル】――第三位。


 最終的にレースを支配したのは『DPS』であり、リパゼルカはどうやらララキアに気に入られたようで、かいぐりられつつレース終盤まで運ばれた。

 ララキアがお荷物を背負っていても人数が半減した『海の旋律』は手を出せず、『DTA』も実質タイマンになると実力負けしているのは明らかだった。


 序盤の事故と襲撃で、レースの趨勢は決まり、波乱無く穏やかな展開となったのは、観客にとってはつまらない展開だ。ララキアの優勝という結果からみても、順当だとの感想が並ぶ。


 ただ実際に、特に市街地で観戦していた者にとっては「珍しい物を見た」と言えるだろう。

 一風変わったレースになったのだ。


   ◆ ◆ ◆


 さっさと逃げを吸収し、大きく膨れ上がったメイン集団を、市街地に入るなり『DPS』は……というよりララキアは全員を地面に降ろさせた。


「一体何を始めるつもりなんだい、ララキア嬢」


 『海の旋律』エースのスカイもことここに至っては従わざるを得ない。しかし、妙なことを指示するララキアに興味を惹かれているのは確かであった。

 スカイの問いに、リパゼルカを抱えたままのララキアは朗らかに笑いながら答えた。


「このうさぎさんが言うのよお。市街地レースならわたくしに勝てると」

「いやっ、そんな、万に一つの話でっ!」

「ワンチャンスあればこの面子なら勝てる、と言うわけよお」

「ほぉ……それはなるほど……興味深いね」

「だから言うたやろぉ? うさぎの牙はどんなに小さくとも舐めちゃアカンのよ」


 ミレイズも混じって茶化してくるが、リパゼルカは生きた心地がしない。

 ダイナー領の<暁天>トップ二名とそれに類する一名に囲われるなど初めてのことだ。何より外装の威圧感がすごかった。

 ララキアは笑みを深くして言った。


「だからわたくし、そこまで言うならみんなにワンチャンスをあげようと思うの」

「どういうこっちゃ?」

「各チームのエースを並べて、よーいドンで市街地レースを始めましょう? これなら平等にワンチャンスよねえ?」


 リパゼルカを解放し、ララキアは両手を広げて、集まった選手たちを睥睨する。


「他に自信のある者も参加して構わないわあ。――全員、わたくしが叩き潰して差し上げる」


 その表情は余裕からというよりも、心底愉しそうだと思う形に歪んでいた。



   ◆ ◆ ◆



「いやあ、ララキア姫は怖かったですね……」

「あの方の趣向は過激だから……」


 先頭を行くララキアを抜こうとすると、市街地なのに空中で格闘戦インファイトを仕掛けられ、文字通り潰れたカエルのようにされてしまう選手が続出した。

 かく言うリパゼルカもこっそり抜こうとしたらローリングパリィでぶっ飛ばされた。幸い身軽なので壁に叩きつけられる前に姿勢を制御して事なきを得た。


 ララキアはローリングしながら市街地コースをすいすい進んでいったので、あれはまごうことなき化け物だ。

 ローリングは上下左右を見失って落下する危険の高い技術であり、攻撃をパリィするほどの回転となると相当な早さが要る。それだけ空間認識を失いやすい。

 ララキアのように維持したまま街角を曲がるのは超高難易度というわけだ。


「ローリングしたまま曲がる必要はないと思うけど、なんかすごかったです」

「それは……自慢かも」

「えっ?」

「あの方は少々お茶目なところが……」


 “夕焼けの”ミレイズも、その自信に見合う実力の持ち主であった。


 後々聞いたところ、二つ名の由来は魔法戦闘によるものとのことで市街地では確認できなかったが、赤銅色の外装が煌めく機動は美しかった。

 ミレイズは可変式の結合外装を使用しており、高出力形態において用途の違う三つの結合パターンを駆使して場面を乗り切る空駆者だそうだ。


 機動力を重視したパターンでは、鳥の翼のように軽やかに動かせる両手で街路を舞っていた。ララキアの襲撃もひらりと躱し、デッドヒートを繰り広げたのはミレイズだ。

 脚部の出力を犠牲にしたパターンであったため、最後のひと踏ん張りが足りなかったとはミレイズの言。


 『海の旋律』スカイも速かった。

 スピードエースを名乗るだけあり、直線での速度はおそらくレース中一番だったのではないだろうか。

 華麗なコーナリングといったところは潔く捨て去り、全ての街角を遠回りだろうとカクカクと曲線ではなく直線で曲がることで、とにかく直線の加速を活かす男だった。


「外装装備をすると市街地は難しいとはいえ、今となっては装備するのが当然のものですから。それなりにみなさん研究されてますよ」

「ブースター特化の外装だとありがちな戦略だからやりやすかったけど、さすがに速かったです。彼もララキア姫に蹴っ飛ばされてなかったらとても抜けなかったですね」

「本来は生身で勝負になる相手じゃないはずなんですけどね……」


 リパゼルカがあの人は速かった、この人も速かったと話していると、微笑みながら聞いていたテティスがふと尋ねた。


「そういえば市街地での戦闘はリパゼルカさん的に許容範囲なんですか?」

「え? 別に構わないけど、どうして?」

「いや、タイムトライアルなのに邪魔してくるから怒った、と言っていたじゃないですか」


 リパゼルカは少し遠い目をした。


「ああ……でも、さすがに市街地の場面ではそんなこと言えないでしょう……。スタートを横一線でやらせてくれたのはララキア姫ですよ? その本人が是にしてるんだからそういうルールなんだな、って……」

「まあ、それは確かにそうなんですけど、リパゼルカさんだったら噛みつくかな、と」

「弁えますよ、それくらい!」


 失礼な、とリパゼルカは憤慨した。

 日頃の行いが反骨精神溢れる娘の認識を育てていたのは言うには及ばずだが、当人が認識していないのはよくあることだ。えてして他人と自身の認識は違うものなので。

 リパゼルカは腕を組み、三度も行われた市街地でのハンディキャップよーいドンを思い出す。


「結局のところ、本当に速い人たちが本気で飛ぶなら、邪魔をするしないの範疇に無いんだな、ってところを理解しました。ララキア姫は抜かれそうになると、体術で相手を弾き飛ばしてました。けど、ミレイズさんには最初しか仕掛けないで、常に頭を抑えるようにして飛んでた……」


 相手を撃墜できるなら、片手間に格闘戦を仕掛けるのは有意だ。

 しかし相手に躱された場合、一気に突き放されるピンチになりうる。

 乱れた進路、崩れた体勢など様々な要因で速度は落ちざるを得ない。非常に競った争いの時、そのわずかな乱れは致命的だ。


 少なくともララキアはミレイズに対して攻撃を仕掛けることのリスクを取らなかった。暴力を用いるのは不利だと認めた。

 オーソドックスな市街戦闘を仕掛けるには選手の数が多すぎたし、ララキアもミレイズも得意な戦闘技術は空戦向けのものであった。

 結論として、まともに競争をする方が有利だと判断した。


「まともに勝負されないほどの格下だってことを分からされて、まー、ぐうの音も出ないです」


 『海の旋律』にしたって、エース対決になったら分が悪いと踏んで初手で最大火力を以って潰そうとしたのだろう。

 そのあたりは真っ当に勝負して勝てる地力を付けようよ、とは今でも思うが、レースを終えて少し考えが変わった。


 誰だって、真っ当に勝負して勝てるなら勝ちたいのだ。

 圧倒的な力で、立ち塞がる敵を踏み潰して。


 ただ、そのためにはお金だったり、時間だったり色々な物が必要で、その事情を世界は待ってくれない。

 準備がまるで出来ていなくてもレースは開催されるし、そのレースはたったの一度しか参加できない可能性がある。

 そうなったら手持ちのカードで勝負するしかなくて。

 強さも枚数も全く違う手札だったとしても、それのみで勝利を目指さなければならない。

 そうして考えに考えた結果、『海の旋律』は奇襲しかないと判断したに違いない。


「個人的には結果以上に得られるコトの多いレースだったんで満足してますけど」

「いや、クラスアップ初戦で表彰台にランクインするのは相当な結果ですよ?」

「それ以上ですです」


 リパゼルカは浅はかな思考で怒鳴ったのを反省すると同時に、自身の成長先についても深く考えさせられた。

 これから先に必要な物やどういう空駆者になりたいか、朧げながらも見えてきた気がする。


 ひとしきり【トライアングル・タイムトライアル】での出来事を話し終わって、テティスに尋ねられた。


「それで、次のレースはどうするのリパゼルカさん。こんな結果を残されたら、私も<暁天>への参加を止めるわけにはいかないですし、生身でも勝てそうなレースを探しますよ」

「んん……いや、いいです。やっぱりね、外装は必要だと思ったんで、先に探そうかなと」


 リパゼルカがそう答えると、テティスはぽかんとして、


「へぇあ?」

「……なんですか、その反応は」


 慌てて両手で口をふさぐテティスに対し、リパゼルカは口を尖らせた。

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